現代中国語と漢文

※小説家になろうの自身のエッセイから転載


 実は筆者は高校の時漢文が苦手だった。にもかかわらず、後に中国語を勉強するようになったというのは人生よく分からないものである。 

 ところで、現代中国語と漢文はどの程度似ているのだろうか。ちょっとここに東●衛星予備校の漢文の教科書があるので比較してみよう。


 ・未

 →还没/没


 漢文では「未嘗見泣 未だ嘗て泣くを見ず」という形で、「未」を過去にしたことの否定に使う。しかし現代中国語では「没」を使って「没看」「还没看」とするのが普通である。

 ただ「未尝 wei4chang2」という言い方は文語的表現で生きていて、「彻夜未尝入眠 che4ye4wei4chang2ru4mian3 一晩中一睡もしなかった」という表現もある。他にも「未必 wei4bi4 必ずしも~ではない」「未曾 wei4ceng2 いまだかつて~ない」「未免 wei4mian3 いささか~のようだ」「未能 wei4neng2 まだ~できない」という感じで他の字でセットで使われることが多い。

 そういえば「无」「勿」「毋」などは声調こそ違うが発音は全部wuである。


 ・無

 →没有/没


 漢文では「水清無大魚 水清ければ大魚無し」というように、日本語と同じ「無」という字を使う。

 現代中国語では「無い」は「没有」になって、通常は「無」は用いられない。しかし単独では用いないものの、无论如何 wu2lun4ru2he2(どうしても)や无所谓 wu2suo3wei4(どうでもいい)などのセットで使われることが多い。(无は無の簡体字です。見た目全然違うけど)

 また、「勿」という字も「请勿攀折花木 qing3wu4pan1zhe2hua1mu4 花や木を折るべからず」という感じで「请勿 ~しないでください」という使われ方をすることが多い。


 ・之

 →的・这/那


「之」は「之(ゆ)く」と読むときもあれば「これ」と読むこともある。現代中国語では「之」は形式的な言い回しにのみ生きており、ただの「の」という意味では「的」という字が使われる。

 漢文の時点でもそうだったようだが、固い言い方では「丧家之犬 sang4jia1zhi1quan3 飼い主を亡くした犬」という形で「的」と似たような使い方もできる。


 以下用例


 之一 ~の一つ 发展中国家之一 発展途上国の一つ

 之类 ~など 琵琶、二胡、提琴之类 琵琶・二胡・バイオリンのようなもの

 之所以 ~したのは 她之所以自杀,是因为失恋 彼女が自殺したのは、失恋のせいだ。

 之久 ~の長き 我国有文字可考的历史已有大约四千年之久 我が国の歴史は文字によって考証できるものだけですでに約四千年の長きに及んでいる。

 君将何之 行く 君はどこへ行こうとするのか。


 ・矣(イ)・焉(エン)・兮(ケイ)・也(ヤ)

 →語気助詞


 漢文には置き字がたくさんあるが、現代中国語では「啊」「呀」「啦」といった語気助詞が使われる。 おそらくこうした置き字は昔の中国語で語気助詞のような役割をはたしていたのだろう。

 しかしこれらも文語的表現では生きており、例えば「语焉不详 yu3yan1bu4xiang2 言葉が詳細を欠く」とか「心不在焉 xin1bu2zai4yan1 心ここにあらず」、「不入虎穴,焉得虎子 bu2ru4hu3xue2, yan1de2hu3zi3 虎穴に入らずんば虎児を得ず」という言い方では使う。


 ・而・於・于

 →組み合わせで使われる


 現代中国語で「而」は「而且 er2qie3 そのうえ」「而已 er2yi3 だけ」という形で非常によく用いられる。また、動詞ないし形容詞で而を挟む形も健在で、「清而不淡 qing1er2bu2dan4 すっきりしていて薄くない」「因病而缺席 yin1bing4er2que1xi2 病気のために欠席した」という表現も用いられる。

 「於・于」は簡体字では「于」のみが用いられ、「位于」「在于」といった動詞との組み合わせで用いられることが多い。

 「重于泰山 zhong4yu2tai2shan1」といった比較の意味では一部の決まりきった言い回しを除いてほとんど使われず、普通は「比 bi3 ~より」が用いられるので語順も変わる。

 ※漢文では「苛政猛於虎也。 苛政は虎よりも猛なり。」という具合にAC於BでAはBよりもCなりという形になるが、「比」の場合「名詞A+比+名詞B+形容詞」で「AはBより~だ」になる。


 欲

 →想/要


 「己所不欲、勿施於人 己の欲せざる所、人に施す勿かれ」という有名な一節がある。日本語でも「欲しい」という言葉で使うように、漢文では「欲」は「~したい」とか「必要とする」といった意味であった。

 しかし現代中国語では同じ意味で使われるのは「想」や「要」で、「欲」は文語的表現にとどまっている。「欲盖弥彰 yu4gai4mi2zhang1 隠そうとすると露呈しやすい」など


 与

 →和・跟


「与」は「~と」という意味で現代中国語でも使う。しかし普段は大体「和 he2」か「跟 gen1」であり「与 yu3」はいささか固い言い方である。「与我无关 yu3wo3wu2guan1 私とは関係ない」を現代語に直すなら「和我没关系 he2wo3mei2guan1xi0」になって、こちらの方が普通の言い方になる。


 ちなみに「与」は「与(くみ)する」という読み方があるように、中国語でもyu2とyu4という別の読み方があって「与会」はyu4hui4だそうである。この場合「参加する」という意味になる。


 此・彼・其

 →这·那


 「如此 ru2ci3 このように」彼此彼此 bi3ci3bi3ci3 お互い様ですよ」「其中 qi2zhong1 その中で」という決まりきった言い回しで用いられる。「此」は「此外 ci3wai4 これ以外に」、「其」は「其实 qi2shi2 実は」など、組み合わせではかなりよく出てくる。現代中国語では「此」が「这」、「彼・其」が「那」に置き換わっているので、普通にこれやあれと言うときは「这·那」が使われる。たとえば「此群」は「这群」と言った方が口語的である。


 否

 →反復疑問文


「是否 shi4sfou3 ~かいなか」「可否 ke3fou3 ~するべきか」という言い方は、現代中国語では「是不是」「可不可以」という言い方に置き換わっているが、ニュースや新聞、固い言い方ではいまだに前者を使う。「他是不是喜欢你?」といったら「彼あなたの事好きなの?」という普通の会話の意味になるのに対し、「他是否喜欢你?」といったら心理学の記事のタイトルになりそうである。


 他にも「雖然 然りと雖も」は「虽然 sui1ran2 ~だが」、「於是 ここにおいて」は「于是 yu2shi4 そこで」「以為 おもえらく」は「以为 yi3wei2 思う」、「所以」は「所以 suo3yi3 だから」という感じで、漢文で使われている物の中には現代語でも同じように使われているものも多い。


追記:文言文(漢文)の「雖然」は虽然这样以外にも即使如此(それでも、たとえそうでも)という意味でも使われるようである。

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