SFと中国語

 近年「三体」や「流浪地球」など、中国科幻SFの躍進が目覚しい。三体なんかは十年前の小説だが、今年とうとう日本語翻訳版が出版されて話題になっていたようだ。

 そしてSFといえば、中国もまたよく題材にされてきた国である。アメリカ映画の「メッセージ Arrival」や「地球が静止する日 The Day the Earth Stood Still」では主人公が中国語で話すシーンが登場する。「ゲド戦記 Tales from Earthsea」などで知られるファンタジー小説の大家アーシュラ・K・ル=グインのデビュー作、ヒューゴー・ネビュラの二冠に輝いたSFの金字塔「闇の左手」にも東洋思想の影響を垣間見ることができる。中原も学生時代この作品を読んだことがあるが、作中主人公ゲンリー・アイがLとRの発音が区別できず名前を間違って呼ばれることに腹を立てたり、カルハイド王国の宰相エストラーベンが碁を打ったりするのを見て親しみを覚えた。


 こうした「中国趣味」はオリエンタリズムに源流をなすものである。古くから西洋人にとって中国は東洋の神秘を象徴する国であった。オリエントへの憧れ、と言えば響きは良いが、実際のところ彼らが空想の中に思い描いた中国像は実像とはかけ離れたもののように感じる。

 中国語もまた彼らの神秘化の対象となってきた。象形文字に端を発し何万もの数になる文字体系を持ち、一つの音節が声調の微妙な違いで幾通りもの意味になり、それでいて時制を持たない――そんな彼らの言語学の常識を覆すような言語を使いこなす中国人たちが天才のように思えるのは無理からぬことかもしれない。「中国語の部屋」なんていう名前のAIに関する思考実験があるが、おそらく欧米人の目には漢字がまるで秘密の暗号のように見えるのだろう。

 先ほどの「メッセージ」という映画では宇宙人の言語を言語学者が解析するという内容で、ネタバレになってしまうがこの映画の核となるのはこの宇宙人の言語に時制がなく、過去も未来も同じといういかにも東洋神秘主義に根ざしたようなテーマだった。

 このエッセイでも以前触れたが、「中国語に時制がない」=「過去も未来も同じ」というのはっきりいうとただの誤解である。まず、中国語には完了のアスペクトを表す「了」や経験を表す「过」というのがあるが、この二つは大体過去のことについて表現するときに使われる。これに加え、「既に」を意味する「已」という字を動詞の前につけて「已删除 削除しました」、「已成功 成功しました」などということもでき、こちらは実態として日本語の「た」や英語の-edと大差ないほぼ「過去形」である。

 確かに中国語で「彼は……と言った」は「他说 ta1shuo1」でhe says/he saidのような現在・過去の区別がなかったり、「是 shi4 である」や「认为 ren4wei2 思う、考える」、「感觉 gan3jue2 感じる」と言った一部の動詞はそもそも「了」をつけることがない。しかし、だからといって全てにおいて現在・過去の区別が全くできない言語というわけではないのだ。


 「宇宙人王さんとの遭遇 L'arrivo di Wang」というイタリアのB級SF映画があるのだが、これまた西洋人の中国脅威論をそのままオチにしたような内容で中原はあまり好きになれなかった。

 内容を簡単に要約する。地球に来訪したとある宇宙人が「地球で一番話者人口の多い言語だから」という理由で中国語しか話せず、通訳として招かれた主人公のイタリア人女性が中国語でその宇宙人と交渉することになるのだが、その宇宙人と話をするうち彼を信頼した彼女は、彼を脅威として排除しようとする人々の制止を振り切り、アムネスティ・インターナショナルに救済を求めて宇宙人を救おうとする。しかし彼は結局スパイで、地球は彼女の判断ミスによって滅ぼされてしまう――。

 馬鹿げた内容だが、SFにおける「中国」における扱いというのは結局、世界を「東洋」と「西洋」、「自者」と「他者」、そして「自分たちと同じもの、理解できるもの」と「自分とは違うもの、理解できないもの」に分けて考えているだけのようにも思える。

 無論「宇宙人王さんとの遭遇」のようなネタ映画と「メッセージ」や「地球が静止する日」、「闇の左手」といった作品の価値を同列に並べることはできない。それでも私は、西洋人たちがどこか中国人を「宇宙人を見るような目」で見ているのではないか、と疑ってしまう。


 しかしそれは我々日本人も同じであるのかもしれない。日本のテレビ番組では外国人タレント、特に金髪白人や黒人が人気だ。彼らが日本語を話すと、それだけで日本人は皆そうしたガイジンを歓迎する。

 中国にもそうしたテレビ番組は数多くあり、中国語の話せる欧米人は希少動物のように珍重される。それもつまるところ、日本語が話せる外国人をピエロか何かのように面白がっているに過ぎないようにも思う。

 外国人を真の意味で「同じ人間」として扱うことができる世界が実現する日は未だ遠い。

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