写真撮る『の』人

 今回もまた中国人学習者に典型的な日本語表現について取り上げるが、今回は特に文法に関する理解が不十分なことや中国語を日本語に直訳したことによる違和感のある日本語について書いていきたい。


 ●「写真撮る人」


 中国語では動詞や形容詞で名詞を修飾するときに「的」という字が間に入る。例えば「不会英语 英語ができない」の後ろに「人」をつけて「英語ができない人」と表現したいときは「不会英语人」になる。英語と違ってthatもwhichもなく非常に単純明快で分かりやすいと思う。

 しかし、おかげで中国人は日本語を話すときもつい「の」を入れてしまう。「写真撮る人」、「とても面白い映画 有意思电影」というような間違いはあまりにも典型的すぎて、日本語教育の教科書を開いたら必ず載っているレベルである。ほかにも、「背が高い人」という「高い」をな形容詞と混同したような間違いもよく見られる。

 いつも思うのだが、これに関してはただ「の」を省けばいいだけなので、これを読んでいる中国人の読者の皆さんもちょっと気をつけるだけで中国人らしさが抜けるかもしれない。


 ★ポイントまとめ


 日本語で動詞・形容詞と名詞の間に「の」は要らない。

 想去美国的人 → アメリカに行きたい人 ○ アメリカに行きたい人 ×


 ●「どこにいるの?」「。」

 

 中国人と日本語で話しているときに、筆者は何度かこういうをする中国人に出くわしてきた。厳密に言うと間違いではないのかもしれないが、日本人が聞くと「??? んだ?」と思うだろう。

 実はこれ、中国語の「在家。 家にいるよ」を直訳したことによる間違いである。中国語では「在」は動詞として使え、「~にいる」という意味になるが、日本語の「で」はただの助詞である。そして日本語ではなぜかこういう場合助詞を省略して、ただ「家」と言うことも多い。「家で。」で文を終わらせるのではなく、「家にいます」とか「家です」と言った方が日本語とは自然だ。


 ★ポイントまとめ


「どこにいるの?」と聞かれたら、場所の名前だけを言おう。「会社」「家」など


 ●「……」


 次もまた中国語を直訳したことによる中国人独特の日本語表現である。中国語では「私が言いたいことは~」と言うときに「我的意思是/我的意思就是…… wo3de0yi4si0shi4/jiu4shi4」という表現がよく用いられるのだが、これを日本語に直訳して「私の意味は……」と言っている中国人がとても多い。

 「私が言いたいのは」と言った方が日本語としては自然だと思う。


 ★ポイントまとめ


 我的意思就是 = 「私が言いたいのは……」



 ●『まさか』と『难道』、『実は』と『其实』


 筆者には「まさか」という言葉は少し大げさな感じがして、アニメやドラマならともかく日常会話ではあまり使わないような気がする。しかし中国語では「まさか 难道 nan2dao4」という言葉が日本語より多用されるのか、中国人と日本語で話していると「まさか~~なんですか?」という表現をよく耳にする気がする。ほかにも、「実は 其实 qi2shi2」とか「~を除いて 除了」というのもよく聞くのだが、どうも中国語をそのまま翻訳して喋っているように聞こえてしまう。先ほどの「其实」は多くの中国人が口癖のように特に意味もなく文頭につけているのだが、日本語で同じように「実は……」と言って話し出すと日本人は「何か打ち明けたい秘密でもあるのか?」と勘繰ってしまうかもしれない。

 間違いではないが、頻度を減らして適切な場面で使うとより自然に聞こえるだろう。


 ●「着きます」


 筆者が今まで見聞きした中でこれこそまさに一番致命的な言い間違いだった。

 話は五年前にさかのぼる。当時、私のとある中国人の友人が私の地元の町に来るというので、私は自宅で彼を待っていた。

 その日の朝、彼はLINEで「着きます」と言ってきた。その時はまだ午前十時ぐらいで、筆者は「ほんなら家でゆっくりしてよ」と余裕の構えでネットサーフィンに耽っていた。

 しかし、彼は「駅に着いたよ」とか抜かし始めた。「二時着きます」というのを見て、私は「二時着きます」だと思ってしまっていたのだが、彼が本当に言いたかったのは「あと二時間で着きます」ということだった。駅から私の家は少し離れており、慌てて家を飛び出したものの駅に辿り着いたのは三十分後ぐらいだった。少し腹が立ってしまった私はその場で彼にちょっとした日本語講座をしてあげた。

 

 まず(これは中国人以外の日本語学習者もやりがちだが)二時というのはtwo o'clock 两 liang3dian3、二時間というのはtwo hours 两 liang3ge0xiao3shi2という意味なのだが、この二つを混同している外国人が多い。同様の間違いとして「一月いちがつ」と「一ヶ月いっかげつ」の混同も挙げられる。

 その時点でその動作が行われると言いたい場合助詞は「に」が使われ、「二時着きます」と言うと「两点就到 liang3dian3jiu4dao4」という意味になる。筆者は彼が「二時に着きます」と言いたいのだと思ってしまったわけだ。

 そして「で」はその動作が行われる所要時間の意味で用いられるため、彼が本来言いたかったのは「着きます」ということになる。


 ★ポイントまとめ


 二時に着きます。 两点就到

 二時間で着きます。 两个小时后到

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