extra stream
ex1
うららかな日差しが降り注いでいる。
けれどもまだちょっと寒い春休みの終わり。
平日午後の半端な時間に家を出たわたしは、いつも通学に使っている路線の、けれど二年間一度も使ったことのない駅に降りた。
駅舎はわたしの最寄り駅に比べて二回りは大きい。乗降する人も多いんだろう。
足元を気にしながら階段を登り、案内板を見ながら改札へ向かう。
Suicaを出そうとすると、改札の向こうにもう花音がいるのが見えた。
けれどもおかしなことに花音はわたしに気付いていない。通路の奥を見ている。
改札を抜けるとわたしは立ち止まり、真横にいる花音に声を掛けた。
「花音」
「はい? え? ゆかり? ええーっ! 誰かと思いましたわ!」
その反応にわたしはヘソを曲げる。
「花音さあ、一応わたしたち……こ、こ……」
恋人同士、の一言がどうしても言えないわたし。
ホワイトデーの再会後、わたしたちは晴れて付き合うことになったわけだけど。いまだにわたしは感情表現下手くそなままだ。それはさておき。
「とにかくさ、この距離で話しかけられるまで相手に気付かないってどうなの?」
しかもわたしは正面から来たのだ。花音を見つめて微笑みながら。なんだか無視されたみたいで面白くない。
もしかしてからかわれてる? と思ったけれど、残念なことに花音はガチのマジで気付いてなかった。
「ごめんなさい!」
花音は大げさな動きで頭を下げる。
長い髪がふわぁっ、と広がって、周囲にいい香りを振りまいた。
わたしはこの匂いがするだけできゅんきゅんしてしまう。今すぐ花音を抱きしめたくなってしまった。けれど公衆の面前なのでぎりぎり理性を働かせる。ついでに通行の邪魔にならないように、花音を促して場所を変える。
「言い訳する訳ではないのだけど……」
花音は言った。
「今日のゆかり、かわいすぎてまるで別人だから」
「っ」
褒められて嬉しい。なのにわたしは、頬が緩むのを見られまいとそっぽを向き、口をとがらせこう言うのだった。
「ふーん。普段のわたしはかわいくない、と」
「そんなことありませんわ。ゆかりは普段もかわいい。いつでもかわいい。何しててもかわいい。存在全てがかわいい」
「……そろそろ止めて。恥ずかしくて死ぬ」
わたしは泣きそうになりながら懇願した。あっという間に攻守逆転。
花音のこの、思ったことを口にするのにためらいなしのパワーってどこから生まれるんだろう。聞けば絶対「愛を語るのに理由が必要?」とか言ってくるんだろうけど。
「で、わたしだって気付かなかった言い訳の続きは?」
「言い訳じゃないのに……」
と花音はちょっと拗ねてから、視線をわたしの腰……の下に向けた。
「だって、スカートを履いてるんですもの。それにトップスもお洒落」
確かに今日、わたしはスカートだ。それでハイソックスを履いて、いわゆる絶対領域をちょっとだけ見えるようにしてる。ついでに上はボーダー柄のカットソー。これに春ジャケットを合わせてあるけど割と寒い。
ちょっと寒いかな、とは家を出る前に気付いていた。
けれどわたしはあえて着替えずにそのまま来た。
花音を喜ばせたかったからだ。
それが何? 「こんなにお洒落なのは私の恋人のはずがありませんわ」だとう?
ヘソの一つも曲げるのは当然というものである。
「ごめんなさい。許して。何でもするから。足も舐める」
「……それは花音がしたいことでしょ」
わたしは呆れ半分に言った。
「でも本当にかわいいわ、今日のゆかり。うん。ゆかりだと気付いてから見るとさらにかわいい。こんなにかわいい子が恋人だなんて誇らしいわ」
調子のいいこと言っちゃってまあ。
でも、それで気分よくなって許しちゃうわたしも大概だ。
「これからは一目でわたしと気付くこと」
そう言うとわたしは花音の手を取った。
「誓いますわ」
指を絡め、肩を寄せ合い、うふふあははと笑いながら駅を出る。
頭の中はもうすっかり春色なわたしたちだった。
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