お邪魔虫除けスプレー

「うーん、どうしようかなぁ」


 男は悩んでいた。

 大学で文学研究会に属しているのだが、最近、他の会員の中にやたらとつっかかってくる奴がいるのだ。

 何とかならないものか、と考えながら歩いていたところで、路上にスプレーらしき物を並べて販売を行っている怪しげな風貌の者がいた。


「ちょいとそこのお兄さん。見ていかないかい? 当店には様々な虫除けスプレーが売ってるよ」

「悪いが、今は虫には困っていないんだ」


 男は通り過ぎようとしたが、店主に引き留められる。


「いやいや、そんなことはないはず。世の中には色々な虫がいますよねぇ。本の虫、獅子身中の虫、塞ぎの虫……ここにあるスプレーはそういったものに効果がありますよ」


 実際の昆虫でなく、それらの言葉が表す人に効く、ということだろうか。

 男はその効果に疑念を持ちながらも考えてみる。

 本の虫除けスプレーはまずい。文学研究会に本の虫じゃないと言える人間はほとんどいないはず。それでは誰も来なくなってしまう。

 獅子身中の虫除けスプレーは意味がなさそうだ。大きな企業なんかでは便利そうだが、うちのような小さな研究会にそこまでの災いをもたらす存在はいないだろう。

 塞ぎの虫除けスプレーは悪くないように思う。ただ、塞ぎの虫とは自分自身の中にあるものだろう。それが払われても、今の問題解決にはならない。


「他にも、お邪魔虫、なんてのに困っちゃいませんか?」


 店主が繰り出した言葉に、男は前のめりになって問いかける。


「それはどういうものなんだ?」

「例えば、集団に空気が読めない奴がいたりしますよね? これを振り撒いておけば、そういうのが来なくなります」


 まさしく彼の悩みを解決するのにピッタリな品だった。


「それはちょうどいいな。よし、買おう」

「へへ、まいどあり」


 物は試しだ。大した値段でもないようなので、効果がなくても構わなかった。


 後日、男は文学研究会の集まりの中で、密かにお邪魔虫除けスプレーをプッシュして振り撒いた。

 すると、彼は二度とそこに近づけなくなった。

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