これまでも、これからも
「あなたに私の記憶を継承して欲しい」
静かな病室で、前よりもずっと弱った姿で、君は言った。
「本当に、わたしでいいの?」
「あなたがいいの。他の人には見せたくない」
そう言ってもらえることが嬉しかった。
わたしは君の特別でいたかったから。
「そっか……わかった」
そうして、わたしと君は記憶を継承する為の手続きを行った。
現代では科学技術の発展によって他人の記憶の継承が可能になった。
詳しい原理はわたしには良く分からないけど、それはその人を完璧に引き継げるというわけじゃない。
あくまで表層的な部分の引き継ぎが可能になっただけで、ハードウェアやソフトウェアにはほとんど影響を与えない、閲覧専用の外付け記憶媒体のようなものらしい。
記憶も経験もその人自身の体と結びついてこそ意味を成すもの、だそうだ。それを他人の体で再現するには現在の技術はまだまだ追いつけていないのだとか。
まあ何にせよ、わたしが君の記憶を継承したからといって、わたしがわたしであることに変わりはなくて、君が体験した出来事や考えたことなんかをぼんやり思い出すことができる、って感じみたい。
記憶の継承には生前に当人同士の了承が必要になる。それは済んでいたから、君が死んでから少しして、わたしは記憶を継承する為の処置を受けた。
世間で言われている通り、すぐには変化が感じられなかった。
わたしはもうすっかり慣れた、だけど寂しい一人での生活を過ごしていく。
そんな日々の中で少しずつ、君の記憶が、思考が、浮かび上がっていくようだった。
私は私を引き立ててくれる存在が欲しかった。それはなるべく近くに置いておいた方が良いと思った。
どんなものだって、他のものとの差を感じてこそ良く見えるものだから。比較対象がなければ、何とも思わないのが人間だから。
あいつはクラスでも特に地味で目立つものがないからピッタリだった。上手く近づいて、唯一の友達だと思わせた。
他に親しい相手ができないようにも仕向けた。私を飾るアクセサリーが知らない内にどこかに行っても困るから。
全てが順調だった。私の高校生活はこれ以上ないというほどに充実していた。
なのに突然、私は医者に残り僅かな余命を宣告された。
急な体調不良で検査を受けたところ、多臓器不全という症状が起きていたらしい。しかも、原因不明で手の施しようがないとのことだった。
そのまま入院することが決まり、一年の大半を病室で過ごすようになった。
たくさんの友達がお見舞いに来てくれて、私を励ましてくれた。すごく嬉しかった。
あいつも一人で来ていたけど、相変わらず陰気でこっちの気分も悪くなるので、さっさと帰って欲しかった。あまり長居しなかったのがせめてもの救いだった。
初めの頃の私は強がっていた。医学は日々進歩しているんだし、きっと大丈夫だって。すぐまた元通りになるって。
でも、体がどんどんおかしくなっていって、思うように動いてくれなくて、見た目も私だと思えなくなってきて。
いや……死にたくない……何で私がこんな目に……。
一人で泣き喚くことが増えた。このまま自分がいなくなってしまうのが怖くて仕方なかった。
友達もすぐに来なくなった。彼らにとってそれは日々のイベントごとの一つに過ぎなくて、もう私のことなんて忘れてしまっているのかもしれない。それが哀しかった。
なのに、あいつだけは定期的にやって来た。その度に苛立った。
どうしてアンタみたいなのが生きて、私が死ななきゃいけないの。代わってよ。私の代わりに死んで。これまで私がアンタにしてあげたことを思えば、そのくらい大したことじゃないでしょ。
そんなことができないのは分かってる。仮にできたとしても、受け入れるわけがない、たとえあいつでも。
でもそこで一つ、良いことを思いついた。
あいつが私のところに来ているのは、今も私を親友だと思っているからに違いない。
なら、本当のことを全部ぶちまけてやれば、一体どんな顔をするだろうか。どれだけ傷つくだろうか。もしかしたら自殺するかも。それはいい。私一人で死んでたまるか。
直接言って目の前で反応を見ることも考えたけど、それじゃそこで全てが終わってしまう。私のやりたいことがなくなってしまう。
だから、あいつに私の記憶を継承することにした。それなら、私はそのことを楽しみに生きていける。死んでしまう、その日まで。
今の楽しみは、私が死んだ後にあいつを傷つけられるってことだけ。
死ね。傷ついて、苦しんで、死んでしまえ。
知ってたよ、君がわたしを好きじゃなかったことくらい。
でもさ、わたしは確かに救われたんだよ。君が傍にいてくれて。
君はずっと優しかった。その裏にどんな思惑があったって、関係ない。
だから、少しでも苦しむ君の救いになったなら、わたしは嬉しい。
でも、ごめんね。まだ死ぬことはできない、かな。
君に見えていたものが知れて嬉しい。君が考えていたことが知れて嬉しい。
それに、わたしがわたしのままでいれることが嬉しい。
まるで君がすぐ傍にいてくれるみたいに思えるから。
わたしは君と一緒に生きて、君と一緒に死ぬんだ。
これまでも、これからも。
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