並行小宇宙観測装置

 僕は大きな卵型の装置の中に入る。人一人がちょうど入れるサイズだ。

 真ん中の椅子に座ると、頭にヘルメット型の機器が装着された。

 装置が起動し始め、フッと意識が遠のいていく。眠りに落ちるような感覚。もうすっかり慣れたものなので、素直に身を委ねることができた。


 これは並行小宇宙観測装置プラネタリウムと呼ばれるものだ。

 人間は誰しも、身体が感じ取った情報をもとに脳が統合して生み出す意識領域──すなわち小宇宙セカイを有している。

 そして、現代社会ではこの宇宙内に存在するセカイと、別の宇宙内に存在するセカイを接続する技術が確立されていた。

 それこそがプラネタリウム。この技術によって現代社会は飛躍的な発展を遂げ、今では人類の誰もが幸福な生活を送っている。

 僕たち市民は毎日一定時間プラネタリウムを利用することを義務付けられている。これは言わば仕事だ。僕たちが見たセカイは記録され、今後の技術開発等に活かされることになる。

 さて、今日はどんなセカイが観られるのだろうか。楽しみだ。


 意識が浮かび上がっていくのを感じる。どうやら他のセカイとの接続が完了したらしい。

 荒れ果てた廃墟の中らしき光景が映し出される。視界や体が自分の意識とは無関係に動いていく。

 接続されているセカイとの間に透明な壁があるような感覚だ。プラネタリウムは原理的に並行宇宙に干渉することはできないらしい。ただ眺めるだけ。映画を観るようなものだ。


 人々の会話や過ごしている場所の様子から状況を察する。どうやらここは核戦争が起きた後の世界らしい。放射能汚染で地上は酷いことになっているようだ。

 僕はこれまでにも様々なセカイに接続し、様々な世界を観測してきた。気候変動で陸の多くが海に沈んだ世界、太陽フレアであらゆる電子機器が壊れてめちゃくちゃになった世界、中には蔓延した恐ろしいウイルスによってゾンビが徘徊するようになった世界なんかもあった。


 政府が言うには、並行宇宙の人類は等しく酷い状態になっているらしい。実際、プラネタリウムで平和な世の中を観た試しは一度もなかった。

 こうしていると、僕たちの社会がどれだけ貴重で尊いものなのかを実感できる。

 政府が全てを管理してくれているお陰で、人類が争うことはない。ただ政府の言う通りにしているだけで良いのだ。人類よりも賢いAIが与えてくれる選択に間違いがあるはずもないのだから。


 僕たちは何も考える必要はない。与えられる食事と娯楽を受け取っているだけでいい。

 プラネタリウムで観れるものはバリエーション豊富で飽きることもなかった。

 安全圏から平和のない刺激的なセカイを眺めるのは気分がいい。今の自分が恵まれていると実感できるから。もちろん当事者にはなりたくない。対岸の火事だからこそ面白いのだ。


 ただ、こうして異なるセカイを眺めているとたまに思う。

 今、この瞬間、僕というセカイも異なる宇宙の誰かに観測されているのかもしれない、と。

 もしそうなら、どんな風に観られているのだろう。同じように娯楽として楽しまれているのだろうか。

 そして、そんなあなた・・・のセカイもまた、別の誰かに観られているのかもしれない。

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