指切り餅

 指切り餅、という物があるらしい。

 その言葉を初めて目にしたのは、民俗資料のデジタルアーカイブを自宅で読んでいた時のことだった。貴重な資料が広く公開されているのは、私のように在野かつ趣味的に研究を行う身にとっては実に有難い。

 それはとある集落で発見された日記に記されていた言葉だが、全体的に損傷が酷く詳細は不明だ。他の文献や知り合いの研究者に頼ってみても何の成果も得られなかった。

 しかし、その事実こそがすこぶる私の興味をそそった。


 さて、指切り餅とは一体何だろうか。まずは己の知識で考察してみる。

 指切りと言えば、人と人が互いの小指を絡め合わせ約束を交わす行いが思い浮かぶ。その由来は遊女らしい。男への相愛の誓いとして自らの小指を切り渡すことがあったそうだ。とは言え、渡す用に指の模造品が出回っていたという話もあり、実際に切断していた者は少ないと思われる。指切り餅もその模造品の一種と考えられないか。

 また、指切りは地方によっては「いびきり」と言うことがある。そこから想起されたのが、いびきり餅だ。東北の一部に伝わる郷土料理であり、蕎麦粉でこしらえた生地に味噌を入れて焼いたもの。一度だけ食したことがあるが、大変美味だった。指切り餅といびきり餅は同一の物と考えられないか。

 ……二つの仮説を立ててみたものの、どちらもしっくりこない。もし指切り餅が指の模造品として出回っていたのであれば、他の文献にも記録が残されている可能性が高い。また、いびきり餅における「いびきり」は焼く・炙るという意味の語から来ており、指切りとは無関係な語なので、同一の物だとは考えにくい。


 幾日かの間、ぼんやりと思索に耽り続けたものの、納得のいく答えが出ることはなかった。詳細が気になった私はいよいよ、その集落を訪れてみることに決めた。

 朝方に車で出て数時間、日が頭上へと昇り切る前には到着した。山奥に秘されるように佇んでいる集落。草木に呑まれ荒れた家や畑がいくつも見られ、既に存続が困難となっていることが窺えた。

 私は事前にコンタクトを取ることもなく訪れるという不躾なことをしてしまったが、出会った人たちはみな快く迎え入れてくれた。集落の中では若いと思われる人々は指切り餅について訊いても誰もが首を横に振った。

 しかし、後に紹介された老婆は過去を懐かしむ表情と共に頷き、家にお邪魔させてもらったばかりか、指切り餅を実際に作って見せてくれることになった。どうやら赤飯を用いるようで、炊けるまでの間に話を聞かせてもらう。


 指切り餅なんて随分と久しぶりに聞いたもんだ。私が小さい頃にはまだ、じいちゃんばあちゃんらがお祭りの度に作ってたっけねぇ。

 指切り餅は山の神様へのお供え物なんだよ。その始まりは昔々、この集落で神隠しに遭った一人の女にあるそうな。突然失踪した女は数か月後に山の中を彷徨っているところを見つかったけど、その間のことは一切覚えてなくて、誰もが神隠しだと考えた。

 ただ、失われていたのは記憶だけじゃあなかった。彼女の手はいくつかの指が根元から欠けていたんだ。何かに喰われたように、ね。

 それ以来、山には人の指を喰らう神様がいると畏れられるようになって、一人ひとりが自分の指に似せた指切り餅を捧げて祀るようになった。

 すると、以前よりも豊かな収穫が得られるようになったんだとか。今みたく寂れてしまったのは、私たちが神様への信仰を忘れてしまったからかもしれないねぇ。


 老婆の話は実に興味深いものだった。私は内心昂奮しながらも、平静を装いながら問いを投げていった。

 やがて赤飯が炊けたところで、指切り餅を実際に作って見せてくれた。すり鉢に入れた赤飯をすりこぎで潰して餅状にし、手に取ると指に似せて成形する。

 あんたもやってみ、と道具を渡されたので、真似して一つ作った。薄い小豆色に染まったそれは本物の指に見えなくもない。自分の指を切り落としたような見た目の餅だから指切り餅、というわけだ。

 せっかくなので味も確かめてみると、赤飯の薄味ながら仄かな甘みが口内に広がり、どこかほっこりする味わいだった。


 日も暮れてきて集落を後にした私は、車を運転しながら老婆から聞いた話について考える。

 過去に指を切り落とす刑が行われた例は散見される。神隠しに遭い指を失ったとされる女は、実際には町で指切りの刑に遭ったのではないか。何があったかを話すわけにもいかず、神隠しだと受け止められた結果、信仰の芽生えに繋がった、というのが合理的な解釈だろう。


 やがて、住み慣れたマンションの一室に到着する頃には夜も更けていた。私は体に染み付いた動作で自宅の扉を開ける。

 そうして中に入った途端、得も言えぬ違和感を覚えた。胸中に溢れ出した不安に駆られるようにして家中を見て回ったが、出発前と比べて何かが変わっているようには思えない。

 にもかかわらず、何かが違う。頭ではなく、感覚が、心がそう訴えかけている。日常が侵され、別のものに変質してしまっていると感じる。

 いや、もし家の物が何一つ変わりないのだとすれば、変質してしまったのは私の方、なのかもしれない。

 仮に、外に出る前と後で何かが変わったのだとすれば、思い当たるものは一つしかない。

 指切りは自らの指という大切な部位を何らかの形で捧げることで、異なる存在との約定を結ぶ行いだと言える。

 指切り餅もまた、そのような役割を果たすものだったとしたなら。それを作るという行いを通して、あるいは食してしまったことで、私は一体、如何なる存在と結びついてしまったのだろう。

 頭ではこの目に映るものが見慣れた物だと理解している。けれど、世界を彩るヴェールが剥がれ落ちてしまったような、その裏側に隠れたグロテスクな構造が剥き出しになってしまっているような、そんな不可解な感覚が収まることはなかった。

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