パーソナルカラー

 パーソナルカラー。

 それはその人が持って生まれた髪や肌、瞳に唇といった個人の身体色に調和する色を表した言葉だ。

 四種類に大別され、それぞれ春、夏、秋、冬と呼称される。春と秋はイエローベース、夏と冬はブルーベースとも言われ、その区分けに属する色が中心となる。他にも八種類や十六種類で分けるタイプもあるが、主流はこの四種類だった。


 一世紀以上前から主に美容業界やファッション業界で用いられている言葉だ。自分のパーソナルカラーを知っておけば服装の色合いを決める参考になるので、ファッションに興味のある物達を中心に広く知られていた。

 ただ、この現代においては少し変質しており、それはもはや原義における「個人の身体色に調和する色」というような意味を指すことはない。


「うーん、この服だったらどんなパーソナルカラーがいいかなぁ」


 少女は自分の部屋で姿見を前にして、軽く身体を動かしながら服装を確かめていた。

 手首に装着した細身のブレスレット型端末からは仮想画面ヴァーチャル・ディスプレイが立ち上がっており、そこには春夏秋冬の四区分で分けられた複数の色のセットが表示されていた。


「やっぱりイエベだし春にしよっかな」


 そう言って、彼女が春の区分にある一つをタッチすると、彼女の肌、髪、瞳、唇が選んだセットの示す色へと変化した。


「うんうん、なかなか良い感じ」


 そう言いながらも、指で別のセットをタッチしていく。それに応じて微妙に肌色と髪色が変化していた。

 やがて、彼女は画面端にある『決定』のウインドウをタッチした。


「よーし、今日はこれでいこっと」


 彼女はニコリと微笑んで仮想画面を閉じると、部屋の外へと軽快な足取りで出ていくのだった。


 現代人の大半はその身に生体ナノマシンを受け入れている。それによって得られる恩恵は莫大で、特に健康面に関する利益は計り知れないだろう。定期的に体内を走査するので、不審な菌やウイルスはすぐさま感知することが可能なのだ。

 そんな生体ナノマシンを利用することで、肌色と髪色を体内から変化させることも可能となっていた。少女が行ったのはまさにそのシステムによるものだ。

 元々のパーソナルカラーは個人の身体色は基本的に変えられないからこそ、「個人の身体色に調和する色」を表した言葉だった。

 しかし、現代では髪や肌、瞳に唇といった部分の色が自由に変えられるようになったことで、パーソナルカラーは「個人の身体色」そのものを表す言葉へと変質したのだ。


 ちなみに、現代では服の色合いを自由自在に変更できるようなシステムも存在している。

 デジタル仕様の服ならばホログラムや形状記憶素材を利用することで姿かたちを違って見せることも可能だ。

 しかし、ファッションを好む人間には今もアナログな仕様の服が根強い人気を獲得していた。自由に変更できるのではなく、唯一的なデザインや質感が好まれているのだ。

 それはパーソナルカラーという言葉の意味が変遷していった一因だった。


 だが、個人の身体色であるパーソナルカラーを変更するのが当たり前になり、それによって生じた問題が水面下で着実に進行していることを知る者はほとんどいない。

 その問題とは、現代人の他者に対する共感性の低下だ。

「顔色を窺う」という言葉もある通り、人間は相手の顔を中心とした肌の色合いを見ることで感情を察知する能力を持っている。

 それは主に同じ肌色を持つ人種に対して機能し、特に普段から良く目にする相手に対して発揮する。これまでに学習したニュートラルな状態と比較することで微細な変化を察知するのだ。


 しかし、今や誰もが自由に肌の色を変更できるようになったことで、その能力はほとんど機能しなくなってしまっていた。

 人間が目の前の相手の感情を察知する為に用いているのは、他にも表情や声音といったものがある為、あくまでその一部が欠けてしまったに過ぎない。

 けれども、それによって生じた微細な変化はいずれ社会に大きな影響をもたらすのかもしれない。

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