永遠桜

 桜に最新技術を用いて数多の品種改良を重ね、遂に誕生した『永遠とわ桜』という品種がある。

 通常の桜は春の限られた期間にのみ花開くが、『永遠桜』は季節を問わず一定の短い期間で咲き乱れては散ってを繰り返すように改良された代物だ。


 日本における桜は古来より特別な地位を築いてきた花であり、その威光は現代でも決して損なわれてはいない。毎年春になれば多くの人が桜を見ようと名所が賑わうことになるのがその証だろう。桜を美しいものとする価値観が文化に根付いている。

 それゆえ、『永遠桜』は全国各地で歓迎され、公園や緑地へと積極的に植えられることになった。生長して初めに花開くまでは十数年掛かるが、その後は季節を問わず人々の目を楽しませてくれるようになるに違いない。新たな名所も数多く誕生することだろう。そんな風に考えられていた。

 実際、『永遠桜』が花開き始めると、あちらこちらで花見が盛んに行われ、その淡くも鮮やかな色合いが人々の心を楽しませた。こんなにも美しい風景であれば、いくらでも見て楽しむことが出来るだろう、と誰もが思った。


 しかし、それもそう長くは続かなかった。

 季節を問わず、場所を問わず、鑑賞出来る『永遠桜』は、人々が過ごす日常の背景へと埋没していった。意識しなければ、その華やかな姿に気づくこともない。当たり前な光景への人々の関心は日に日に薄れていき、以前は桜の開花と共に行われていた花見という風習すら消え失せてしまった。

 他国からは桜の国として持て囃され、しばらくの間は国外からの観光客が増えたものの、それも『永遠桜』が輸出され世界各地で見られるようになるまでだった。日本国内と同様の末路を辿り、桜は美しいものとしては扱われなくなった。

 そんなどこにでもありふれた桜に美を見出す者も僅かながら存在したが、彼らは世の人々からは奇異な眼差しで見られた。


 以上の事柄より次のように考えることが出来るだろう。

 日常にありふれていないからこそ、当たり前に見るものではないからこそ、人々は初めて美しいと感じることが出来るのだ。大衆にとっての美とはどこまでも相対的なのである。


 さて、桜に次いでこれまで築かれてきた美の権威を剥奪されるものは何だろうか。

 そして、それらに人々が抱いていた感情は本当に美と呼べるものだったのだろうか。

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