箱庭

「転生の説明は以上となりますが、あなたはどのような能力ちからを望みますか?」


 私が問いかけると、眼前に浮かぶ不定形の小さな光は言った。


『何でも思い通りに出来る世界の王になりたい!』

「いいでしょう。それでは、良き旅路を」


 私は念じながら手をかざす。瞬く間に不定形の光は霧散していった。事前に用意した箱庭いせかいへと転生したのだ。


 私は人々に『神』と称される、ただ一つの世界の創造主であり、森羅万象を思うがままに出来る存在。

 本来、全ての魂は身体の命を損なうと自動で同世界へと生まれ変わるようになっているが、現在はその内のいくらかをこちらで手動で行うようにしている。

 いくつかの条件を満たした者に対してのみ、私が直接干渉して別の世界へと転生させている。其処は彼らからすれば異世界だが、私からすれば箱庭だ。それは偽りの世界に過ぎず、真なる世界はあくまで彼がこれまで生きていた世界だけ。私の関心もそちらにしかない。箱庭は用が済めば処分する。


 そんな彼らには特別な待遇を与えている。

 その一つは、記憶の継続。記憶とは基本的に身体に根差すものなので、転生時に引き継がれることはないのだが、それを魂自体に焼き付くように加工する。

 もう一つは、特殊な能力の付与。先程のようにその者が望むことに適した能力を与えている。これまで数千人の魂と触れ合ってきたが、望む能力は様々だった。


『ただひたすらのんびりして過ごしたい』

『女の子を選び放題なモテまくりの人生を送りたい』

『世界で最強になって無双したい』


 そんなことを願う彼らに、私は適した能力を与えている。望んだ能力が望まない形で手に入る、といった意地悪はしない。

 そうして、特殊な能力を得て生まれ変わった彼らが、箱庭でどのような人生を歩んでいくのかを観察していくのだ。

 なぜそのようなことをするのか。一言で言えば、人体実験だ。


 これまで世界の人々が抱いてきた数多の願い。代表的なもので言えば、不老不死だ。

 しかし、そういった願いを達成した結果、滅んでしまうということもあり得る。

 実際、不老不死を能力として与えた者もいたが、誰一人として正気を保ち続けた者はいない。せいぜいが数千年程度で、その大半が数百年も耐えられなかった。

 人類に不老不死はまだ早い。いずれは獲得を許容するかもしれないが、今の意識から大きく変容している必要があるだろう。


 私はこのような実験を重ねながら、世界や人々が獲得する技術や能力を適宜調整している。基本的には自動のまま放置して進めていくが、人類が手にすれば問題がある何かに辿り着いてしまいそうな場合は干渉して取り除く、という形だ。

 本来であれば、世界をまるごと用いて実験したいところではあるが、残念ながら、そういうわけにはいかない。なぜなら、世界を構成する魂の総量は決まっており、有限なのだから。それを用いるということは、今出来上がっている世界を取り潰して一からやり直すことに他ならない。

 箱庭のような張りぼての世界なら生成も可能だが、そこに転生者を除く一切の魂は存在しない為、唯一無二な世界とは決定的に異なっている。そして、私とて無から魂を生成することは叶わない。

 それゆえ、世界全体で見ればごく僅かな魂を用いて行っている次第である。


 私は思う。世界とは盆栽のようなものだ、と。じっくり手間暇かけて最小限の丁寧な修正を施しながら、素晴らしいものへと育っていくのをただひたすらに待つのが楽しい。

 さて、これから世界はどのように進んでいくのだろうか。私の想像を越えたものになることを願いながら、鑑賞を続けていく。

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