役者に必要なもの

「おはようございます!」


 私は元気の良い挨拶と共にレッスン室へと入った。そこには既に何人かの生徒達が来ていた。

 彼らは全員、私と同期だった。この由緒正しき歌劇学校に通う仲間であり、ライバルだ。


「あー、あー、あー」


 私はまずは簡単な声出しを行う。一部の生徒達の視線がこちらを向くが、すぐに戻った。

 舞台に立つ上で必要なことは多々あるが、その中でも歌は大事だ。歌劇は歌を通じて何かを表現することが基本なのだから。それゆえ、毎日歌の練習は欠かせない。


 練習をしながらも、ふと視線を周囲に向けていく。他の生徒達もそれぞれ自主練を行っていた。

 壁に向かってぶつぶつと何かを呟いていたり、私のように声を出していたり、絵本を読んでいたり、寝転がってぼんやりと天井を眺めていたり、様々だ。

 その意味が分からない動作も多いが、きっと何かしら意味があってやっているのだろう。また時間があれば聞いてみることにしよう。


 しばらく練習を続けていると、教師が入ってきた。

 私は姿勢を正し、彼女の言葉を待つ。


「今日は自主練よ。あなたが必要だと思う練習を行えばいいわ」

「分かりました!」


 残念ながら教師は人数が足りていないようで、こうして自主練を行ってばかりだ。仕方ない。


職員室つめしょにいるから、何かあったら来てね」

「はい!」


 教師は他の生徒達へと声を掛けていく。最後の一人を終えると、レッスン室を出て行った。

 さて、今日はどんな自主練に時間を割こうか。足りない物があれば、一度自分の部屋に戻ってもいい。

 寮はレッスン室を出てすぐそこにある。他の生徒もふらりとレッスン室を出ていくこともあれば、これまで来ていなかった生徒が来ることもあった。


 自主練となれば、基本的に好きにしていて構わないので、教師が来る前と特に状況は変わっていない。中には雑談している者もいた。

 私も時折他の生徒と話すことがあるけれど、彼らとは大抵話が合わないのが難点だ。不思議と演劇やミュージカルについて知らない者が多い。それでこの歌劇学校に入学できているのはどうしてだろう。


 ただ、だからといってレッスン室で好き勝手できるわけではもちろんない。たまにだが急に暴れ出すような者がいる時もある。きっと役者を目指すことへのストレスで心を病んでしまうのだろう。

 役者志望となれば、やはり変わった人間も多い。どうにも話が噛み合わない者もいる。一方的にしか話して来ない感じだ。そんな生徒はいつも一人で何かをしており、急に奇行に走ることもあってしまうのだ。

 その場合、教師が来て懲罰室へと連れていかれることになる。しばらく戻って来れない。


 そうなっては困るので、私は黙々と練習を重ねていく。

 トップスターになる為、精一杯努力して頑張るのだ。






「患者達の調子はどうでしたか?」

「特に異常はないわね」


「彼女は相変わらずですか?」

「ええ。ここが歌劇学校だと思い込んでるみたい。私は教師らしいわ」


「本気でそうだと思えるってのは凄いんですけどね。才能がありそうなのに勿体ない」

「そんなことないわよ。役者に必要なのは、舞台の上では役柄になり切っていても、舞台を降りればフラットな自分に戻れること、なんだから」

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