ケルベロス

「ガアアアアアアア――!!」


 目前の巨体から発された獰猛な叫びに空間がビリビリと震える。

 艶のある漆黒の肌で埋め尽くされた胴体。そこから伸びた三つの首には見るからに凶暴な獣の顔を備えており、鋭利な牙を覗かせている。四つ足も躍動するような筋肉が詰まっており、地面を力強く踏み締めていた。

 魔犬ケルベロス。それがこの怪物の名前だった。


「みんな怯むなっ!」


 立ち向かうのは勇者一行だ。彼らはケルベロスが守る扉の向こう側に行くことが目的だった。

 ケルベロスは大昔から扉の前に立ち塞がっており、その向こう側へと誰も足を踏み入れることは出来ていない。それゆえ、伝説の武具が眠っているといった噂だけがまことしやかに囁かれていた。


「さあ、行くぞ! 勝負だ、魔犬ケルベロスッ!」


 勇者一行とケルベロスの戦いの火蓋が切って落とされる。

 ケルベロスは恐ろしい強さで、歴戦の数々を乗り越えてきた勇者一行でも一筋縄ではいかなかった。

 しかし、彼らは激闘の果てに見事勝利を収める。


「はぁっ……はぁっ……やったぞ、俺達の勝利だ!」


 動かなくなったケルベロスを前にして、勇者一行は勝ち鬨を上げた。

 彼らは長年開かれることのなかった扉を押し開き、その先へと進んでいく。

 通路は異様なほどに重苦しい空気が漂っていた。それは勇者一行の身を自ずと硬くさせる。誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 しばらく歩くと、遂に通路の先に微かな光が見えた。開かれた空間が待ち受けているようだった。


「これ、はっ……!?」


 通路を抜けた勇者一行は、そこに広がる光景を見て息を呑んだ。

 深紅色に染まった世界。ぬちゃぬちゃと粘着質の地面。ゴポゴポと泡立つ赤褐色の池。

 そして、入口付近に転がる、大量の骨。骸骨だった。

 勇者一行はその意味をすぐに理解する。


「なんだ、これ……息が、苦しい……」


 彼らは喉元や胸部を強く押さえながら、バタリバタリとその場に倒れ伏していく。

 既にこの空間に立ち込める瘴気を吸い込んでしまっていた。それは瞬く間に人間の息の根を止める猛毒であり、もはや助かる術はない。

 勇者一行は現状の把握も出来ないまま、その命は最後の一鳴りを終えた。


 彼らが物言わぬ骸となってからしばらくして、扉の前で倒されたケルベロスはむくりと巨大な身体を起こした。その顔はどこか物悲しそうに見えた。

 ケルベロスは傷を癒し終えると、再び扉の前に立ち塞がるようになった。この先へと立ち入ろうとする者を追い払う為に。

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