蜜柑栗

 なぁ、あんた。蜜柑栗って知ってるかい?


 蜜柑と栗はそれぞれ知ってるけど、蜜柑栗は知らないし聞いたこともない、か。

 まあ、そりゃそうだろうな。けれど、この世には不思議な食べ物がたくさんあるんだぜ。

 あんたが知ってる一般的な食べ物なんてのは、そのうちのほんの一部に過ぎないのさ。

 俺はそんな不思議な食べ物を実際にこの目で見て食してみる為に、津々浦々を渡り歩いているんだ。


 おっと、話を戻そう。蜜柑栗がどんな食べ物か、気になるだろう?

 まずは見た目からだ。橙色の柔らかな皮に包まれている。匂いを嗅いでみると、強烈な柑橘類の香りが感じられるだろう。

 そう、お察しの通り見た目は蜜柑そのものだ。栗のほとんどが外皮として纏っているいがは影も形もない。


 なら、中身はどうなっているのか。蜜柑と同じように指で簡単に皮を分け開くことが出来るんだが、そこから現れるのは橙色の果肉じゃなく、茶色の種子だ。

 俺達が普段食べている栗の中身だな。あれは果肉じゃないんだぜ、知ってたか?

 まあ、そういうわけだから、蜜柑栗は蜜柑の皮に栗の種子が入っていると考えれば想像もしやすいだろうさ。


 蜜柑栗ってのはあくまで栗の品種なんだよ。トゲナシグリなんて名前の毬のない突然変異の品種もあるんだが、それと同じ感じだな。

 どこかで蜜柑かそれに近い品種と奇跡的に交わった結果、毬の代わりに虫が嫌う柑橘類の香りを発するようになったってわけだ。どちらも外敵から身を守る為の手段だからな。

 蜜柑の形質を上手く取り入れることで、通常の栗とは異なる生存の道を辿ることが出来たんだ。その地域に柑橘類の香りをむしろ好む虫が生息していなかったことも幸いしたんだろう。


 食べたことがあるのかって?

 もちろんさ。俺はわざわざ蜜柑栗を唯一生産している辺境の村を訪れたんだからな。

 残念ながら、外に輸出するほどの量は取れないから、食べたいなら直接行くしか方法はねぇんだ。


 蜜柑栗の味は、栗のほんのりとした甘味に柑橘の香りがほのかに漂っている感じだな。食べてみりゃ分かるが、それらは見事に合っていて、どれだけ食べても飽きない絶品さ。

 難点があるとすれば、蜜柑はそのまま食えるが、蜜柑栗はそのまま食うと渋すぎる、ってくらいだ。最低でも茹でるか焼くかはしねぇとな。

 せっかく蜜柑の見た目をしてるのに気軽に食べれないのは勿体ない? へっ、違いねぇ。


 さ、以上が蜜柑栗の話さ。どうだい、面白かったかい?

 そいつは良かった。そんじゃ、次はどんな話をしようかねぇ。夜明けまではまだまだ時間があることだしな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る