未来発電

 二十四世紀。

 人類は多少の停滞はありながらも発展を続けていたが、それに伴いエネルギー問題は深刻と化していた。

 繁栄し過ぎた文明を賄うには自然エネルギーによる発電などでは到底足りず、原子力に火力といった一時は問題とされた発電を最大限に用いてもなお厳しい程の電力が日夜用いられてしまっている。


 その為、より効率的でより自然への負荷が少ない発電法が求められていたが、しかし、そのどれもが一長一短で実用化は困難というのが実情だった。

 そんな中、流星の如く現れた驚きの発電法があった。それは今や社会運営の中枢を任されるほどに成長したAIの手で生み出されたものだ。


 その名も、未来発電。人間の未来を薪としてエネルギーに変換するものだった。

 現在では人間の一人一人に複数の未来が結びついていることが判明している。それは可能世界として確かに存在しており、蓋然性によってその濃淡が決まる。

 そして、蓋然性の高い未来であれば、現実のエネルギーへと変換することが可能だと判明したのだ。

 変換されるエネルギーの量はその未来の豊かさと長さで決まる。後世に大きく影響を与えるものほど大きくなり、影響が少ないものほど小さくなる。


 結果、人々は自らの未来の売却が可能になった。得られるエネルギーに応じた金銭が与えられるシステムだ。

 変換できるのは蓋然性の高い未来に限られている。売り手は一定以上の確率を持つ未来から選ぶ形となる。

 ただし、未来の詳細を知ることは出来ない。知ることが出来るのは料金、すなわち価値だけだ。それは開発したAIでさえも朧気にしか観測できないブラックボックスとなっている。


 誰しも複数の未来を有している為、その内の一つを売却しても死ぬようなことはない。優秀な人間であれば、例えば歴史に残る芸術家となる未来を売却しても、新しい企業を立ち上げて有名になるということもあり得る。

 ちなみに、子供の未来は不確定性が非常に高い為、売却は行えない。大人になり、未来がある程度定まってこれば、売却が可能となる。


 旧来に比べれば遥かに裕福となった現代。貧困に喘ぐ者はいなくなった。

 それでも、人の欲望に際限はなく、求め続けてしまう。

 そして、ここにもまた一人、欲望に駆られた男がいた。


「ここで未来が売れるのか……」


 彼は国が運営する未来発電センターを訪れていた。

 建物の中に入ると、自分の未来を売却する手続きを行った。


「かしこまりました。それでは、査定を行いますので、ソファーにかけて十分ほどお待ちください。終わりましたらお呼び出しさせていただきます」


 男はソファにドカッと座ると、貧乏揺すりをしながら査定が終わるのを待った。

 彼はとある企業の社長をしており、一般平均と比べれば遥かに裕福な暮らしをしていた。

 しかし、その財力にかまけて毎日のように豪遊を繰り返していた結果、遂に資金が底をついてしまったのだ。

 とは言え、しばらくの間我慢し、仕事に専念するだけでも十分に取り返せる程度に過ぎない。にもかかわらず、彼は自分の未来を売却することを選択した。今、この瞬間の欲を満たす為に。

 十分後、査定が終わり呼び出された。


「こちらがあなたの未来の料金となります」


 男は自分の未来が高値で売れることを信じて疑ってはいなかった。なぜなら、自分は既に成功を収めている人間なのだから。これからも成功し続けていくのだ、と。それゆえ、どれほどの金額だろうと期待に胸を膨らませながらその数値に目をやった。


「……は? 0.3円?」


 男は己の眼を疑った。何度もその数値を見直した。しかし、『0.3円』という文字列が変動することはなかった。


「ふ、ふざけるなっ! 俺の未来がこんなに安いわけがないだろ! もう一度やり直せ!」

「いいえ、こちらがあなたが唯一売却できる未来の料金となります。他に売却でき

る未来はございません」


 受付人に強く言明され、男は歯を食い縛る。査定はAIによって行われているので、彼らに何かを言ったところで意味はない。

 だからといって、納得は出来ない。一度戻って厳重に抗議してやる。

 そう考え、男は未来発電センターから外に出た。


 瞬間、胸の辺りにこれまで感じたことのないような激痛が走り、その場に倒れ伏した。

 瞬く間に意識が遠のいていく。辺りは騒ぎとなっていたが、それはまるで別世界の出来事のようだった。

 命の灯が消えていくのが分かる。詳細な理由は不明だが、きっとこれまでの遊蕩生活によって身体に異常が生じたのだろう。

 男はそこでようやく『0.3円』という金額の意味を理解した。

 彼にはもはや未来がなかったのだ。

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