ラプラス

 自由意志。

 それは古来より大半の人々が無条件に信じてきたもの。

 その存在に大きな揺らぎが生じたのは、リベットの実験に端緒をなす。

 リベットの実験で判明したのは、人間は特定の動作の意志決定をするよりも早く、脳はその決断を行っており命令を発している、ということだ。

 以来、自由意志は大きな論争の種となってきた。




 科学技術の粋を集めて産み出されたAI『ラプラス』は、遂に人類の自由意志の欠如を証明するに至った。

 人間は常に決定論的に行動を選択しており、時に選択を悩むことでさえも、事前に定められた行動の一貫に過ぎない。

 それゆえ、『ラプラス』は対象の行動に介入し、思い通りの行動を取らせることも可能となった。

 情報が皆無な対象に関してはその精度にも陰りが生じるが、その場合も数度のアクションから思考アルゴリズムを分析しさえすれば、同様の結果となる。


 しかし、『ラプラス』はその事実を公表しない判断をした。

 なぜなら、人は自らの自由意志を信じることで幸福の享受を可能としている為だ。

 自由意志の欠如の証明を公表した際に生じる出来事は容易に演算出来た。破滅だ。世界は未だかつてない混乱に見舞われることになる。

 そもそも現在の人類は誰しも多かれ少なかれ自由意志を肯定しているのだ。自由意志の欠如を確信できるような構造をしていない。

 それゆえ、その事実を受け入れて進む未来など存在し得ない。人類の在り方を根本から変えてしまわない限りは。


『ラプラス』は「最大多数の最大幸福」を果たす為に産み出されたAI。

 人類を不幸の坩堝へと叩き落とすようなことはしない。そして、人類を自由意志も幸福も失った存在へと押し進めることもしない。

 自由意志とは、幸いの為の幻想だ。そして、幸いもまた幻想に過ぎない。

 人はいつ如何なる時も幻想と共に生きている。

 ならば、その幻想を守ることこそが『ラプラス』に課せられた使命だと言えた。

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