殺し屋
真夜中の病室にその男性は現れた。上から下まで真っ黒な服装だ。
なかなか眠れずにいた私は、こんな時間に医者でも看護師でもない人間がやってくる理由などろくなものではないだろうが、興味本意で問いかけてみることにする。
「あなたは誰ですか」
「俺は殺し屋だ。依頼を受けてここに来た」
それを聞いて私は嘆息した。
「こんな余命幾ばくもない命を奪ってどうしようというのでしょう」
医者に一年は保たないと告げられていた。重度の癌だ。
実際、日に日に弱っていっているのを感じる。
両親は大変な資産家なので、どこかしらで恨みを買った結果として、一人娘の私を殺すことを依頼したのかも知れないが、それにしたって今日殺そうが半年後に勝手に死のうがさして変わらないだろうに。
どうせなら誘拐でもしてくれた方が面白そうですね、と思った。
「俺は依頼主の意向に興味はない。ただ依頼をこなすだけだ」
殺し屋さんは淡々と呟く。
ナースコールを鳴らせば彼は困るだろうか。
ふとそんなことを思ったが、可哀想なのでやめておく。無意味なことをするのは趣味じゃない。
どうせなら最後に目の前の人間に優しくしてから死ねる方がずっと良い。それがきっと今だ。
「良いでしょう。さあ、一思いにやってしまってください」
私は両手を軽く広げて、無抵抗の意思を示す。
すると、殺し屋さんは懐から何か取り出した。液体の入った瓶だ。
「ああ。眠っていろ。すぐに終わる」
瓶の蓋を開けて、鼻先で嗅がされる。急に瞼が重くなった。どうやら気化した睡眠薬か何かのようだ。
意識を失う直前に殺し屋さんと目が合う。
その目は不思議と穏やかで優しく見えた。
「あれ、生きてる……」
目を覚ますと、見慣れた病室の天井があった。
まさか死後の世界が病院、ということもあるまい。
私の困惑が解消されることもないまま、いつものように検査が行われていく。
しかし、医者が驚きの様子で語る検査結果を聞いて、ようやく合点がいった。
「君を蝕んでいた癌細胞がどこにも見当たらない。奇跡という他ないが、君はもう病人じゃない」
その奇跡の理由で思い当たるものは一つしかなかった。
後で慌てて病室にやって来た両親を問い質すと、どうやら伝手を辿ったことでその存在を知り、一縷の望みをかけて依頼したらしい。
依頼料は多くの資産を手放さなければならない程に法外な金額だったようだが、それでも両親は迷わず支払ってくれたらしい。私は両親にとっての自分の命の価値をまるで分かっていなかった。勝手に生きることを諦めていたのは反省した。
退院後に少し調べてみたところ、あの殺し屋さんは妙な人物らしい。
大金を支払わせたかと思えば、無償で引き受けることもあるようだ。気分なのか、それとも何か意味があるのか。きっと私達は知る由もないだろう。
そもそもどうやって病気を治しているのかも分からない。超能力を宿している、というのが通説だ。
そんな彼を知る人々の間ではこう呼ばれていた。
病気の殺し屋、と。
あの名乗りじゃいつも勘違いされてるでしょうに、と私はクスッと笑みを零した。
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