郷愁
車内にはごおおとエアコンの爪弾く音が満ちている。
フロントガラスの向こう側には、車一台が通れる程度の整備されていない道と、濃密な緑が燦然と広がっていた。
途中までは、稲穂が揺れる田を抜けていく畦道だったのに、今じゃすっかり四方八方で草木が鬱蒼と生い茂る大自然の只中だ。人工物なんて欠片もありゃしない。人里を離れてしまっていることが良く分かる。
何でもこの道の先は行き止まりとなっており、そこが僕の行くべき場所らしいが、流石にここまで自然をありのまま残した場所を訪れた経験はないので、少し不安になる。同行者でもいればまた違ったかも知れないが、残念ながら車内には運転する僕以外には誰もいない。
事の発端はほんの一月ほど前に遡る。
父方の祖母が入院することになった。軽度の脳卒中だ。祖父は既に亡くなっており、ドが付くほどの田舎で一人暮らしをしていたのだが、いよいよ身体に限界が来てしまったようだ。
御年八十歳なので、無理もない。具合を悪くした時に偶然助けを呼んでくれる人物が傍にいたようで何とか事なきを得たが、そのまま助けも来ずに亡くなっていた可能性の方が遥かに高かっただろう。
以前から両親も心配しており、こちらの家で一緒に住もうと提案していたのだが、祖母は頑なに拒絶していた。何でも、自分を育んでくれた土地、代々受け継がれてきた家屋や山々を離れるのは絶対に御免、だそうだ。
祖母は博学で聞き分けも決して悪くない人なのだが、その件に関してだけはどうしても譲れない様子だった。それゆえ、父親も定期的に様子を見に訪れるくらいしか出来ていなかった。
なぜそこまで祖母はこの土地にこだわるのだろう、と思ったことは一度や二度ではない。僕は現代人らしく産土神だとかそういったことにはあまり納得がいかなかった。両親も同様だろう。父親は早くから都会に出てきたらしく、祖父母のもとを訪れる以外には故郷とは無縁らしかった。
ただ、僕は自然への郷愁のようなものであれば、少し分かる気もした。
どうしてか、僕は昔から自然への憧れのようなものを抱いていた。ずっと都会暮らしだったからかも知れない。小さい頃はたまに行く祖父母の家が楽しみで仕方なかった。家の周辺を出歩いては豊かな草木に様々な動物達を堪能していたように思う。
それが高じて社会人になってからはソロキャンプをするようになった。中でもブッシュクラフトと呼ばれる、自然との調和を重視した手法で、道具を可能な限り使わずに過ごすことを心がけている。
さて、ここで今こうして山奥へと身を投じている理由に繋がってくる。
入院している祖母に頼まれたのだ。祖母の家から車で三十分ほどの場所に、山の神へのお供えをしてきて欲しい、と。そこでキャンプをしても良い、という条件付きで。
自分の山を持つ、というのはソロキャンプ、特にブッシュクラフトを好む人間にとっては一つの憧れだと言って良い。祖母の所有する山とは言え、正規のキャンプ場以外でキャンプが出来るというのは、僕にとって大変魅力的な提案だった。
そうして、キャンプ道具と一緒にお酒やら食べ物やらの詰まったダンボール箱をいくつか後部座席に載せて、僕は指定の場所へと向かっているのだった。
「……ここか」
僕は車を停めて降りると、人の手が入っていると思しき平たく馴らされた土を、ゆっくりと踏みしめた。
そこから先は途端に植物の支配する世界となっており、これ以上車では入っていけない様子だった。とは言え、獣道らしき空白はちらほら見えるが、徒歩で進んでいこうとも思わない。
「行き止まりにそのまま置いておけば良い、って言ってたな」
後部座席から両手で抱えるほどのダンボール箱を全て引っ張り出すと、草木が壁のようになっている手前に置いてみた。
明らかに異質だ。このままでは山に生息する獣か何かに荒らされそうだが、良いのだろうか。祖母は「細かいことは気にしないでいい」と言っていた。
僕は少し悩んだが、とりあえずはキャンプの準備を始めることにする。まだ日は出ているので視界は良好だが、見上げるほどの木々に囲まれている為、この一帯が暗くなるのは通常の日暮れよりも早いだろう。それまでに火起こし用の枯れ木や枯れ草を集めておく必要がある。
まずは三十分ほどかけて、周辺からそれらを拾い集めてきた。
その後、車からキャンプ道具を詰め込んだリュックを取り出して、携帯用の椅子を広げておく。
そして、同じく携帯用の小振りなスコップで軽く地面を掘ると、火打ち石を使って
慣れた手つきで焚き火を完成させた僕は、椅子に腰を下ろしてホッと一息を吐いた。
少し休憩したらテントを立てようか。そう考えて、暫しぼんやりと森林浴に浸ることにする。
やっぱり大自然は良い。澄んだ空気と濃密な緑の香りが全身に染み渡っていくようだ。
都会では決して味わえない感覚。それには焚き火も一役買っている。
小さな木々を燃やしてパチパチと音を立てる炎は、ガスの無機質な炎とは違っていて、そこで生きているかのように揺らめき艶めいている。
しかし、今はこうして活き活きと燃え滾っていても、いずれはすっかり燃え尽きて真っ白な灰になる。焚き火は人の一生のよう、とは良く言ったものだ。それはただ眺めているだけでも実に感慨深いと言える。
「さて…………ん?」
そろそろテントの準備をしよう、と立ち上がった僕の耳が捉えたのは、遠鳴りの激しく草木が擦れる音だった。
野生の獣だろうか。この辺りに熊がいるという話を聞いたことはないが、警戒するにこしたことはない。祖母に頼まれたダンボールに食物が入っていることも考えると、今夜は車中泊にした方が良いかも知れない。
珍しいことではないので、僕はあまり気にしていなかった。
しかし、その音がみるみるこちらに近づいてきているとなれば、話は別だ。
明確にこちらへと向かってきている何かに後ずさる。
瞬間、それは木々を押し退けるようにして姿を現した。
「んん? キヌかと思うたが、なんじゃ、おんしは?」
地を震わすような低い大音声を響かせたそれは、一見、普通の人間のようだが、その背丈は一回りも二回りも大きな巨体だ。5メートルくらいはあるのではないか。
その身には毛皮を纏っているが、複数を繋ぎ合わせているようにも見えず、一体、何の毛皮を使えばそれだけの巨体を綺麗に覆えるのだろう。
だが、幸いにも僕が落ち着く為の要素が僅かながらあった。それが発したのは、訛りはあるが流暢な日本語である、ということ。そして、「キヌ」とは祖母の名前だった。目の前の奇妙奇怪な存在は僕の祖母と関わりがあるということだ。
山の神。そんな言葉が脳裏をよぎった。
つまり、この巨人こそが祖母に頼まれたお供え物を渡す相手なのではないだろうか。
そう見当をつけた僕は、唇を戦慄かせながらも、何とか声を発する。
「初めまして、僕は
「そうかよ、おんしゃあ慎也じゃったか。儂は山男のカズオっちゅうもんじゃ。よろしゅうな、慎也」
「は、はい、よろしくお願いします。カズオさん、で良いですか?」
「うむうむ、おんしゃあ好きに呼ぶとえいよ」
僕は普通に会話が出来て安堵する。
山男、とは確か妖怪の一種だったか。祖母の言っていた山の神かどうかは判断できないが、何はともあれ、友好的な様子なので、ひとまず喰われたりする心配はなさそうだ。
そんな風に思った矢先、カズオさんは勢いよくこちらの顔を覗き込んできたので、ビクリと身体を震わせてしまう。
しかし、彼はこちらの無礼を気にした様子もなく、告げる。
「よう見ると確かにこんまい頃の面影があるわい」
そう言って一人頷くカズオさん。
だが、僕からすればそれは驚きの発言だった。
「え、僕のことを知ってるんですか?」
「うむ。おんしゃこぉんなこんまい頃にな」
彼はこちらの背丈を半分くらいにした位置に手を持っていって示す。
小学生にすらなっていないであろう頃のようだ。しかし、まったく覚えがない。
確かに、昔から時折、祖母の家に遊びに来ていたはずではあるが。それはぼんやりとした光景と共に覚えている。
「……すいません、覚えてないです」
「儂らからすりゃほんのこないだのことやが、おんしゃにしたら昔やき、仕方ねいよ」
カズオさんは呵々と大笑して見せる。豪快に笑い飛ばしてくれるのは、こちらとしても有り難かった。
「祖母に頼まれたそれは、カズオさんにお渡しすれば良いですか」
僕はカズオさんの足元にあるダンボール箱を指差す。
すると、彼は片手でその内の一つを掴み上げた。僕が両手で抱えてやっと持てるようなサイズのダンボール箱も、まるでアクセサリーを仕舞う瀟洒な小箱のようだった。
彼はもう片方の手でそろりと中を開いて確認している。
「こりゃ、しょうえいね。ぢきに来ゆうが、ちっとやそっとえいか」
カズオさんは何やら一人納得したように呟くと、摘まむようにして箱の中から酒瓶を取り出した。日本酒の一升瓶も彼が持つとマニキュアか何かの小瓶に見える。
そうしてから、その場にズシンと胡座で腰を下ろした。大地が微かに揺れて、周辺の木々や鳥達が激しくさんざめく。ダンボール箱は傍にそっと置いていた。
「慎也も飲むとえいよ」
「あ、えっと、僕は自分の分がありますっ」
カズオさんに酒を勧められた僕は、慌てて車中のクーラーボックスから缶ビールを取り出した。キャンプ用に持ってきた物だ。自慢じゃないが、酒を飲むのは大の好物である。
乾杯でもするのかと思ったが、カズオさんは既に飲み始めていた。それも口元に当てた瓶を逆さにすると、一息で飲み切ってしまう。そうして、満足そうに大きく息を吐いた。
「かはーっ! やっぱ人のこしらえた酒が一番やね。キヌがいっつも持ってきてくれるき、げにまっこと助かっとる」
やはり祖母はカズオさんの為にお供えを用意していたようだ。それも今の口ぶりから察するに一度や二度ではないのだろう。もしかすると、随分と長い間そうなのかも知れない。
僕がビールに口を付けながら少し考えていると、突然、新たな声が聞こえてきた。
「あ、まぁたカズオったら先にやってるよ。せっかちなんだからさ」
「カズオ、せっかち!」
程なくして森の奥から音もなく姿を現したのは、こんな山中なのに藍色の着物を見事に着こなしている妙齢の女性と、萌黄色でノースリーブのワンピースを着た小さな女の子だった。
しかし、そのどちらも特徴的な見た目をしている。
着物の女性は、その髪が濡れているようだった。不思議なことに水が滴り落ちてるなんてことはなく、それは何とも言えない色香を醸し出している。
小さな女の子は、素肌の双肩辺りから1メートル程の茶色い翼を生やしていた。とてもただの飾りには見えない。
二人ともカズオさんのように人並外れた背丈ではない。しかし、その外見や雰囲気から彼と同質の存在であることが窺えた。
「おうおう、こらすまんの。けんども、儂は酒を前にしちゃどうもやれんき」
「ま、別に構いやしないけどさ、ちゃんとあたしらの分は残しといておくれよ」
そんな風にカズオさんを嗜める着物の女性は、ふいとこちらを向くと軽い驚きの表情を浮かべて、傍に寄ってきた。
「おやまぁ、慎也じゃないか。懐かしいねぇ。こりゃまた良い男になったもんさね」
「……えーと、あなたとも昔の僕は会ったことがあるんですか?」
僕の言葉に、彼女はふと指を
「ん、もしかして覚えていないのかい?」
「申し訳ない……」
「いいさいいさ。
椿さんがもう一人の少女を手元に招き寄せると、その子は跳び跳ねるようにして自ら口を開いた。
「わたし、
その名の通り鈴の鳴るような軽快な声で問いかけてきた。
どうやら彼女はカズオさんや椿さんと違って、昔の僕のことを知らないらしい。まだ子供なら無理もないのかも知れない。見た目で安易に判断できるような存在でもなさそうではあるが。
「僕の名前は慎也。よろしく、スズちゃん」
「慎也! うん、よろしくねっ、慎也っ!」
スズちゃんはパッと僕の手を掴んだかと思えば、ぶんぶんと上下に大きく振った。元気一杯だ。椿さんはそんな様子を微笑ましそうに目を細めていた。
互いの自己紹介を終えたところで、改めて僕は彼女達から聞いた言葉を頭の中で反芻する。
濡女子に夜雀。これまた山男と同じく、妖怪の名称だったはず。妖怪博士でもないので、詳細までは覚えていないが。
何はともあれ、人の理を超越した存在と対面している、というわけだ。
それにしては、奇妙なほどに落ち着いている自分がいた。彼女達を見てどこか懐かしいとすら感じる。郷愁だ。
僕の記憶にはなくとも、確かに昔、カズオさんや椿さんと出会ったことがあるのだろう、と今ならそう思えた。
「ところで、キヌの具合はどうだい?」
「しばらく入院することになりましたが、命に別状はないようです」
「そうかい、そいつは良かった」
椿さんは安堵の様子で自らの胸に手を当てた。
どうやら祖母のことで気を揉んでいたらしい。そんな風に想って貰えるのは嬉しいことだ。きっと祖母は彼女達と良い関係性だったのだろう。少し、羨ましく思う。
「キヌが家で倒れているのを見つけたのはスズでね、この子は家まで良く遊びに行っていたからさ」
椿さんはスズの小さな頭を撫でながらそんなことを話してくれた。スズはうっとりと気持ち良さそうに目を細めている。
「え、そうだったんですか。偶然、傍に人がいたとは聞いてましたけど……」
「そりゃあたしのことだろうね。スズがすぐに念話で伝えてくれたから電話で救急車を呼ぶように言って、知り合いの妖怪にキヌの家までかっとばして貰ったよ」
「……ありがとうございます。お二人がいなければ、きっと祖母は助からなかったと思います」
僕は深々と頭を下げる。
身近な人間の命が喪われることは、やはり辛い。老衰による入院生活からの逝去なら事前の覚悟も出来る。けれど、唐突な死がもたらす喪失感は、そんな覚悟もないまま突き刺さってくるのだ。それは計り知れない痛みとなって襲いかかってくるだろう。
この二人がいたお陰で、その痛みを回避することが出来た。なら、どれだけ礼を言っても言い尽くすということはない。
「当然のことをしたまでさ」
椿さんは気にするなと言わんばかりに肩をすくめて見せた。
「スズちゃんもありがとう。君のお陰でキヌお婆ちゃんは助かったよ」
僕がしゃがんで目線の高さを合わせて言うと、スズちゃんは純朴な表情で問いを投げ掛けてくる。
「キヌはいつ戻ってくるの?」
僕は言葉を詰まらせる。
もうこの地に戻ってくるのは難しいだろう。流石にこれ以上は父も祖母を放っておくことは出来ない。しかし、それを彼女に伝えるのは酷に思えた。
「しばらくは難しいだろうねぇ。こないだみたくまた会いに行ってあげると喜ぶさ」
僕は困った顔をしてしまったようで、椿さんがフォローしてくれた。
「え、祖母に会いに行ったんですか?」
「空をひとっ飛びなスズが夜中にこそっとね。無事に会えたらしくて、あたしらへの手紙を持って帰ってきたよ。なのに、自分の状態についてはろくに書いちゃいないんだから困ったもんだ」
容易に想像できた。祖母は人の世話は焼くのに、自分事には関心が薄い。それを当人は理解してやっているのだから性質が悪い。そんな人間だからこそ、カズオさんや椿さん、スズちゃん達のような存在とも上手くやっていけてるのかも知れない。
「ま、またそのうち戻ってくるさ。そうだろう、慎也?」
椿さんの言葉に僕は頷いて見せる。スズちゃんを悲しませないように力強く。
「……ですね。だから、スズちゃんは待っててあげてよ」
「わかったっ!」
スズちゃんはにぱっと花が咲くような笑顔を形作った。
そこで、辛気くさい話は終わりだ、と言うように椿さんは僕の肩を掴んで言う。
「さあさあ、そろそろあたしらも宴会といこうか。このままじゃカズオに全部飲み食いされちまう。当然、慎也も飲めるんだろうね?」
「ま、まあそこそこには……」
「まだまだ他にも集まってくるからね。今日はキヌの代わりに皆の相手をしたげてよ。きっと慎也に再会できて喜んでくれるさ」
どうやらこの山中には他にもたくさんの妖怪が棲んでいるようだ。
それは楽しみなような、恐ろしいような。
どちらかと言えば、ワクワクが勝っている。そう思う。
世の中にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあるようだった。
車内で目を覚ます。運転席を倒して眠っていたようだ。
窓の外に目を向けると、複数の光線が生い茂る葉の間から差し込んでいた。時計を見れば、昼がすぐ傍まで迫っている。
僕は一度外に出ると、大きく伸びをした。全身が凝り固まっていたようで、ピキピキとあちこちから音が鳴る。
普段ならテントを立てて寝袋で寝ているのだが、昨夜はその暇がなくて車で寝ることにしたように思う。
昨夜は妖怪達で溢れていたこの場所も今はがらんとしていた。寂しさよりも静謐な空気が宙を漂っているように思える。
車の傍に置かれていたダンボール箱を回収する。持ってきた時には詰まっていた中身はすっかり空っぽで、飲みきった酒瓶だけが入れてあった。
確かにこれなら獣に荒らされたりする心配は不要だ。恐らく祖母は定期的に今回みたく彼らへ食物や酒を差し入れていたのだろう。その都度、昨夜のような宴会が行われていたに違いない。
僕はぼんやりと昨夜のことを思い出す。
普段以上に飲んだのでうろ覚えになってはいるが、とても楽しかったことは覚えている。
カズオさんに椿さんにスズちゃん、それ以外にも色々な姿をした妖怪達が集って、ワイワイと酒盛りをした。僕が自分用に用意していた食材も彼らに振る舞った覚えがある。彼らも自分達のお手製の酒なんかも持参してくれて、その独特な風味に舌鼓を打った気がする。
ただ、やはり僕はその誰とも昔会った記憶を持ち合わせてはいなかった。にもかかわらず、彼らは僕のことを知っていた。そのお陰で親しみを持って接することは出来たが、今の僕は一片の疑いを宿していた。
とりあえず車を走らせてその場を後にする。祖母の家に着いた辺りで一度停車し父親に電話を掛けた。そうして、僕の疑念を解いてくれるであろう問いを口にする。
「昔、お祖母ちゃん家に遊びに来た時、子供の頃の僕ってどうしてた? 父さん達の目から離れることってあった?」
「いや、そんなことはなかったと思うぞ。家の近くから離れないように言っていたしな。せいぜい数分くらいじゃないか」
「……やっぱりそうだよね、うん、ありがとう。それじゃ戻ったら顔を出すよ。ちょっとお祖母ちゃんに聞きたいこともあるし」
電話を切った僕は確信する。やはりそうだ。
昔、カズオさん達と会ったことを覚えていないのも当然だと言える。
なぜなら、僕は子供の頃に彼らと出会ったことなんてないのだから。
「まったく、食えない人だな……」
脳裏に祖母の悪巧みする顔が浮かび、思わず苦笑する。
全ては祖母の企みだろう。以前から気にかけていたとは思うが、今回の入院で自分以外にこの土地を守り継いでくれる者が必要だと考えたに違いない。
父親は残念ながら自然への憧憬のようなものは感じられない。この土地とそこに棲まう彼らを大切にしてくれるかは分からなかった。
そんな中で最近の僕がブッシュクラフトを趣味としていることを知って、今回の一件を画策したのだろう。
以前に彼らと出会っていた、という嘘を信じさせることで親近感を湧かせる作戦だ。それを伝えたのは、恐らくはスズちゃんが持って帰ったという手紙だと思われる。自分事ではなく他人事が記されていた、というのはきっとそういうことなのだ。
まあ、まずは当人に問い詰めてみるとしよう。別に気分を悪くしたりはしていない。祖母は多少の嘘を吐いてでも、世界の端に追いやられてしまった存在を守りたかったのだと思うから。
それに、実際に会ってみて感じたことがある。僕は彼らのことが好きだ。彼らの持ち合わせる雰囲気が好きだ。僕が昔から追い求めていた郷愁は、彼らの存在そのものだったのかも知れない。
だから、祖母とは今後のことを話し合っていきたいと思う。あの場所や彼らが安息できる方向性で。
僕は再び車を動かすと、その目的地を祖母のいる病院へと定めた。
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