私のクラスの名探偵 Part3

「ちょっといいかな、二人とも」


 放課後、教室に現れたその女子生徒は、帰り支度をしていた私と茉莉ちゃんに声を掛けた。


「私は三組の静海しずみ菊乃きくの。今日は茉莉まりちゃんに解いて欲しい謎があって来たんだ」


 彼女は深刻そうな顔だった。

 茉莉ちゃんは学内で起きた謎をいくつも解き明かしており、こうして頼られることも少なくない。少しドジなところはあるが、名探偵だ。

 静海さんについては良く知らない。同じクラスになったことはなく、これまでに関わりもなかった。誰かに彼女が所属する部活だか同好会だかの話を聞いたような覚えもあるが、思い出せそうにない。

 私達は改めて席に座り直す。静海さんは空いていた席に座った。


「それで、どんな話なの?」


 茉莉ちゃんが促すと、彼女は俯きながら語る。


「驚かないで欲しいんだけど……殺人事件、なんだ」

「へぇ……」

「え、えええええぇぇぇっ!?」


 茉莉ちゃんは不敵に笑みを浮かべ、私は驚きのあまり大きな声を上げてしまった。





 それはつい先日、私が両親と一緒に伯父夫婦の別荘に遊びに行った時の話。

 伯父夫婦には二人の子供がいるの。私からすれば従姉弟だね。姉のサキちゃんと弟のミノル君。


 まずは事件発覚の時から話すよ。

 18時、夕食の準備が出来たから、伯母さんに言われたサキちゃんが伯父を部屋に呼びに行ったの。

 伯父さんは昼食を食べた後、昼寝をしに部屋に戻ってたから。

 それでサキちゃんが部屋の扉を開けて電気をつけるとね……伯父さんは掛け布団の上からナイフで刺されて死んでいた。


 彼女は大きな悲鳴を上げて、私達は全員すぐにその場へと駆け付けた。

 伯父は寝ているところを刺されたんだと思う。そのまま上から刺した、って感じだったから。

 窓が一つ開いていて、部屋の中はブーツで踏み荒らされていて、箪笥の中身が散乱していた。誰かが外から入ってきて殺したんだって思ったよ。伯父さんの部屋は一階だったから。

 警察の人の所見では、死亡推定時刻は13時頃から20時頃みたい。


 それじゃ、次はその日の私達の行動。

 まず12時から13時は昼食の時間だった。この時はまだ伯父さんは私達と一緒にいた。

 13時からは食後のお茶の時間。紅茶かコーヒーかで、伯父さんはコーヒーを飲んでた。皆に配ったのは私だから間違いない。

 13時半に大きな欠伸あくびをした伯父さんは昼寝をしに部屋に戻った。それを機に夕食まで解散って感じ。従姉弟二人はテレビを見てて、両親と伯母さんは洗い物や片付けをしてたかな。


 14時に私と従姉弟二人は外に出た。傍の空き地で遊ぼうって話になってね。両親と伯母さんは片付けが一段落して、居間で談笑してたみたい。

 で、ここからが大事なんだけど、15時に伯父さんの部屋から居間に内線があったんだ。伯母さんが出たんだけど、無言ですぐに切れちゃったみたい。気になった伯母さんは部屋まで行ったんだけど、ノックをしても返事がなくて電気も消えてるから、寝てると思ってそのまま居間に戻ったんだって。

 そこから17時までは両親と伯母さんは揃って映画を見てたみたい。


 17時からは伯母さんは夕食の準備で、両親もその手伝い。

 17時半にはずっと外で遊んでた私達も帰ってきて、伯父さん以外の全員が居間か傍の台所にいた。

 そして、18時。サキちゃんが伯父さんを呼びに行って事件が発覚した。


 警察の人は15時前後が犯行時刻と考えてた。内線は伯父さんが助けを呼ぼうとしたもので、すぐに切れたのは犯人に邪魔されたからだって。

 部屋を踏み荒らしていたブーツは外に置いてた別荘の物で、犯人が自分の靴の跡を残さない為に使ったみたい。

 また、私達が外で遊んでいた時や、伯母さん達が居間にいた時は、いつも三人ずつで一緒にいたよ。数分、トイレで席を外すくらいはあったけど。


 以上が事件の概略。





 静海さんは話を終えて一息ついた。


「ごめんね、分かりにくくて。不明な点があれば、何でも聞いて」

「どうしてその事件のことを私に話そうと思ったの? もし外部犯なら別に解き明かす謎もないと思うけど」


 それは確かにその通りだ。外部の者が犯人であれば、その捜査は警察の仕事で、茉莉ちゃんにはどうしようもない。

 静海さんも頷き、その上で述べる。


「私も初めは外部犯で納得してたんだけど……うーん、上手く言えないけど違和感があるっていうか」

「そうね、あなたの話を聞いた通りなら一点、おかしな部分があるわ」

「「えっ?」」


 私と静海さんは思わず聞き返した。


「警察の推測では、15時の内線は伯父さんが掛けたけど、犯人に切られたという話だった。でも、それなら『寝ているところ』を『そのまま上から刺した』という風になるのはおかしいわ。仮にその状態でも布団が乱れているはず」

「……うん、布団は綺麗だったよ、間違いない」

「なら、内線を伯父さんが掛けたとは考え難いわね。そして、こうなると外部犯では説明がつかなくなってくる。その理由は分かる?」


 私と静海さんは互いに目を合わせる。「えーと」と視線を宙に浮かせた。

 すると、茉莉ちゃんは呆れの溜息を吐いてから、言う。


「外部の人間が押し入った家の内線を使うだなんて、とても考えられないでしょ」

「あ、なるほど!」


 私は納得の声を上げた。


「さて、問題はここからね。犯人を絞る為にいくつか質問をさせてもらうわ」

「……どうぞ」


 静海さんは重々しく頷いた。


「15時に内線が掛かってきた時、伯母さんの傍にあなたの両親はいたの?」

「母はいたけど、父はトイレに行ってたみたい。伯母さんが居間と伯父さんの部屋を往復する間に戻ってきたって」


「あなた達が外で遊んでいた時、時間は確認していた? また、空き地から別荘に戻ることはあった?」

「遊ぶことに夢中で誰も正確な時間は見てなかったけど、三人ともトイレの為に別荘に一回ずつ戻ったよ。ほんの数分ですぐに戻ってきたと思う」


「伯父の部屋の荒らされ方は酷いものだったの?」

「うん、五分や十分じゃとても出来ないと思う」


「伯父の部屋から居間まで、すれ違わずに戻ることは出来る?」

「いや、一本道の廊下だから出来ない」


「別荘の扉は居間の人にバレないように開けることは可能?」

「それも難しいと思う。どうしてもギギギって音が鳴っちゃうから」


 いくつも質問を重ねた茉莉ちゃんは、神妙な顔つきで呟く。


「なるほど、ね……謎は解けたわ」


 私と静海さんはハッと驚いて茉莉ちゃんの顔を見た。

 そして、彼女はとんでもない犯人の名を告げる。


「犯人は――あなたよ、静海菊乃」


 私は呆然として言葉を失った。

 しかし、水を向けられた静海さんは、俯いていた顔に薄く笑みを浮かべる。


「はてさて、どうしてそんな推理となったのか、聞かせてくれる?」

「簡単な論理パズルね。まず、15時に内線を掛けられる人物は四人。外にいた三人と、あなたの父。ただ、内線を掛けてから気づかれずに居間に戻ることが出来ない為、父は除外される。廊下は伯母とすれ違ってしまうし、窓から外に出たなら扉の音でバレるから。この段階で内線を掛けた人物は外にいた三人に絞られる。一回ずつ別荘に戻った中に、一人だけ伯父の部屋から内線を掛けた者がいた」


 静海さんは「ふふ」と不敵に笑みを浮かべて見せた。


「従姉弟が証明してくれると思うけど、私はすぐに戻ってきたよ? その僅かな時間で伯父を殺して部屋を荒らしては無理じゃないかな。他の二人も同様に」

「そうね。だから、あなたはその困難を分割したのよ」

「困難を、分割?」


 茉莉ちゃんの発言に私は首を傾げる。


「15時にあなたが行ったのは、ブーツの跡を残すことと、内線を掛けるだけ。他はそれ以前に済ませておいたのよ。一点だけ意図的に伏せたのだろうけど、13時半から14時まで、あなたは何をしていたの?」

「……良く覚えてないなぁ」

「15時に内線を掛けることが可能で、かつ、それ以前に伯父を殺害し部屋を荒らす時間があった人物。それはあなただけなのよ」


 黙りこくる静海さんに、茉莉ちゃんは追撃する。


「13時の食後のコーヒーに睡眠薬を盛って伯父を眠りに誘い、13時半に部屋で眠った伯父を殺害、その際に窓を一つ開けておき、部屋を荒らし終えた後、14時に従姉弟と共に外へ出かける、その後、15時にトイレと偽り別荘に戻って、ブーツを履き窓から伯父の部屋に侵入、ブーツの跡を残しつつ居間に内線を掛けた後、窓から外に出た。こんなところじゃない?」


 大人しく聞いていた静海さんは急に笑みを深めたかと思えば、懐に手を入れた。


「そこまで知られちゃあ、生かしておくわけにはいかないよ」


 私は「ひぃ」と声を上げて茉莉ちゃんに縋りつく。


「別に怯える必要はないわよ、蘭華らんか


 平然とした様子の茉莉ちゃんは安心させるような口調で言う。


「だって、この事件、虚構うそだから」


 私がキョトンとすると、静海さんは途端に噴き出した。


「なぁんだ、そこまでバレちゃってたか。これ景品ね」


 懐から取り出したのは、個包装の飴玉だった。私達に一つずつ。


「本当にあなたが犯人なら、わざわざ私に解かせる理由なんてない。あなたが犯人と分かった時、考えたのはなぜ私にそれを話したのかってこと。この話、それらしくはしていても、作り物めいてるわ。それぞれの時間とか」


 私は目の前の静海さんが殺人犯でないことに安堵の息を吐く。

 瞬間、私の脳裏に稲妻が走る。すっかり忘れていたことが記憶の奥から表出した。


「あーっ! そうだよ! この人、推理小説ミステリ同好会の会長だ! 聞いたことある!」


 私が言うと、静海さんは「その通り!」と声を上げた。


「改めて自己紹介しようか。私は推理小説同好会の会長、静海菊乃。今日は茉莉ちゃんを勧誘に来たってわけさ。せっかくだからちょっとした謎解きも持参してね。良かったら蘭華ちゃんと一緒にどうだい?」


 静海さんの勧誘を受けた茉莉ちゃんはサラリと断る。


「遠慮しておくわ。放課後は帰ってテレビ見たいし」

「ぐっ、そんな一昔前の若者のような発言を……!」

「茉莉ちゃん、割とテレビっ子だから……」

「まあ、また興味があったらいつでも言っておくれ。今日は楽しませてもらったよ」


 静海さんは高笑いしながら教室を出て行った。


「さて、私達もそろそろ帰りましょうか」

「うん」


 こうして、私達と静海菊乃さんの初遭遇は終わった。

 また彼女と関わることになるのだが、それは別のお話。

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