生贄
昔々あるところに一つの村があった。
すぐ傍には大きな池が佇んでおり、水底に竜神が眠っているという伝説が語り継がれていた。
それゆえ、村では毎年一人の生贄を竜神に捧げることで豊作を祈願するという習わしが存在している。
実際、生贄を捧げるようになってからというもの、村は豊作続きで栄える一方だった。
生贄の選定は村長が独断で決めることになっていた。選定基準も語る必要はないとされた。
長い間、村長は同じ者が務めていた。村内で起きたどんな問題でも解決する知恵と人々を惹きつける魅力を存分に兼ね備えており、彼が選んだのであれば従おう、と皆は思えたのだ。
しかし、ある時、村長が病により急逝してしまう。
次期村長は決まっていなかった。亡くなった村長の代わりを務められる程の人材がいない為だ。
そこで村人達は新たな仕組みを定める。それは村長は不在のままとし、今後の村の指針については皆で話し合って決めていこう、というものだった。
一人では村長の代わりになれずとも、皆で話し合えば村長に匹敵する知恵を出すことが出来るだろう、と考えたのだ。
そうして、まず初めに村人達が決めるべきことは、次の生贄をどうするか、ということだった。竜神に捧げるその日が差し迫っていたが、村長は誰が次の生贄かを告げずに亡くなってしまった。
一人の村人はこう言った。
「この村に最も貢献できない者を生贄とするべきだ。それが村全体の利益となる」
また、違う村人はこのようにも述べた。
「志願者を募るべきだ。必要とあらば、生贄となってくれた者の親族への支援も行おう。何事も強いられるべきではない。誰しも自由でなくてはならない」
更には次のように熱弁する者もいた。
「生贄という風習自体が許されることではない。これを機にやめてしまうべきだ。竜神に頼らずとも我々は我々の力でこの村を盛り立てていくことが出来るだろう」
おおよそこの三種類の意見で村人達は割れることになった。
話し合いは紛糾し、暴力沙汰にこそならずに済んだが、村の方針が定まることはなかった。
そうして、いよいよ生贄を捧げる日が直近となり、村人達は一つの決断をした。
「では、今年の生贄は次の者とする」
新たに村長の座を任ぜられた者は己の独断で生贄の名を告げた。村人達は粛々とそれに従った。
その後も村は繁栄を続けた。村長という役割も維持され、二度と撤廃されることはなかった。
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