私のクラスの名探偵
私のクラスには名探偵がいる。
彼女の名前は
これまで学校で起きた不思議な出来事をいくつも解き明かしてきた。昔からとても頭がいい。
私と彼女は家が近所で親同士が知り合いのいわゆる幼馴染だ。
そんな私は今日も彼女と一緒に通学していた。
「そう言えば、茉莉ちゃん、昨日はどうして一人で帰っちゃったの? 掃除の後、一緒に帰ろうと思ってたのにぃ」
「ごめんなさい。昨日は歯医者の予約があったのを忘れてて、慌てて帰ったの」
「そうだったんだ。行きも早くに行っちゃってたから、昨日は寂しかったよ」
「昨日はそういう日だったから仕方ないわ」
私は「あれ?」と何かを疑問に思ったけど、それはすぐに掻き消えた。
やがて、私達は教室に到着した時、異変に気が付いた。やけにざわざわとしている。
茉莉ちゃんは率先して中に入っていった。私も後に付いていく。
そうして、私達は人だかりの中心にあったものを見る。
茉莉ちゃんと私は共に言葉を漏らした。
「これは……」
「酷い……」
クラスメイトの女子生徒の机が荒らされている。辺りに中の教科書が散乱していた。引っ張られたり鋭い何かで突かれたりしたようで、千切れて穴があいてボロボロになっている教科書もあった。
「ああ、八条川さんに
担任の女性教師がこちらに気づく。茉莉ちゃんは彼女に問いかけた。
「何があったんですか?」
「簡単に言ってしまえば、今朝、私が教室の扉を開けるとこんな状態だった。おかしいでしょ?」
「それはおかしいですね」
私は二人が何をおかしいと言っているのか良く分からなかった。キョトンと首を傾げる。
「何がおかしいんだろう、って顔してる」
茉莉ちゃんは私の顔を見て「ふふ」と微笑んだ。お恥ずかしい。
「先生、もちろん昨日の放課後はこんなことになってなかったわけですよね?」
「ええ。私が教室の鍵を閉めた時、間違いなくこんなことにはなってなかった。流石に気づくわ」
「あっ、そういうこと!」
私はようやく彼女達がおかしいと言った意味が分かった。
「鍵を閉める前は何ともなかったのに、開けたらこうなってたから、おかしいってことだね」
「そうそう。仮にその間に開けた人間がいなかったとすれば、ここは密室だったことになる」
「私を含めた教員なら誰でも鍵で開けることが出来るから、完全な密室ではないのだけれどね」
なるほど、と私は納得の頷きをした。
茉莉ちゃんはキョロキョロと辺りを見回す。
「ちなみに、
藤森さん、とはこの席の女子生徒の名前だ。確かに姿が見当たらなかった。
「彼女はショックを受けてたから、ひとまず保健室に行って貰ったわ」
「そりゃそうだよね……学校に来てこんなことになってたら私もショック受ける……」
誰かに恨まれるようなことをしただろうか、とか。そんなことばかり考えてしまうに違いない。
「授業までには片付けなきゃなんだけど、八条川さん、何か分かりそう?」
どうやら担任は茉莉ちゃん頼りでこの状況を保存していた様子だ。実際、彼女にはいくつも実績がある。
「そうですね……」
茉莉ちゃんは細い指を顎に当てるようにしながら、屈みこんだ。散乱した物の状態を確かめているようだ。
「地面に散らばってるのはどれも軽い教科書ばかり」
「ほんとだ。国語便覧とか重たいのはそのままだね」
「それに、藤森さんはそんなに教科書を置いてなかったみたい。机の中は十分なスペースがあったのね。平たく入れてたのかな」
「私なんて入れ過ぎでいつも掃除係に文句言われるよ」
そんな会話をしながら茉莉ちゃんがテキパキ調査しているのを眺めていると、彼女は突然、教科書の上に載った何かを指で掴み、天に掲げた。それはとても小さく白い粒だった。
「何、それ?」
「パンの欠片だと思う」
「パンって、給食のパン?」
「そ。給食が多いと思った時はひとまず袋に戻して机に仕舞ってたんじゃない? 後で食べれそうなら食べて、無理そうなら鞄に入れて持って帰るって感じで。それが机の中に少しこぼれてて、教科書に載ってたというところかな」
確かに、そのようにしている子を見たことはある。
やがて、茉莉ちゃんは立ち上がり、担任に問いかける。
「先生。一つだけ、確認したいことがあります」
「何かしら?」
「昨日の放課後、鍵を閉めに来た時、窓が開いてませんでしたか?」
私はその疑問につい口を挟んでしまう。
「え、茉莉ちゃん、誰かが窓から入ってきたと思ってるの? ここ三階だよ?」
「この世には三階の窓から入って来れる存在だっているでしょ?」
彼女はさらりとそんな風に返してきた。
三階の窓から入って来れる存在……?
「……そうね。確かに一つだけ開いてたわ。もちろん閉めたけど」
昨日のことを思い返した様子の担任はそう答えた。
ちなみに、窓の戸締りを確認するのは日直の役割だ。
「ありがとうございます。これで謎は解けました」
茉莉ちゃんの言葉に担任や周囲のクラスメイトはどよめいた。
そして、彼女はいよいよ謎解きを始める。
「まだいるかは分からないけど、犯人を呼んでみましょうか」
茉莉ちゃんは先程のようなパンの欠片をいくつか集めて、彼女は自分の机の上に置いた。
「皆、一度外に出ましょう。人がたくさんいると寄って来ないので」
言う通りにして外から中を眺めていると、しばらくして、上から茉莉ちゃんの机に下りてきたのは、鳥だった。雀だろう。手の中に納まってしまうサイズだ。
「あの雀が今回の事件の犯人です。いや、犯鳥ですね」
「え、えええええええっ!?」
私を含めて多くの人が驚愕の声を上げた。
改めて教室に戻ると、茉莉ちゃんは事件の説明を始めた。
「昨日の放課後、先生が教室の扉を閉めに来るまで窓が開いていました。その間にあの雀は教室に入って来たんでしょう。そうして、先生が来た時には机の中か今のように天井の辺りに隠れていて、気づかないまま窓を閉めて扉の施錠をした。その後、昨夜から今朝までの間に空腹になったあの雀は、中にあったパンの欠片を目当てに藤森さんの机を漁った。以上が今回の事件のあらましだと思います」
なるほど、と誰もが頷いて見せ「おぉ~」と感嘆の声がいくつも上がった。
「まあ、強いて言えば、窓を開けっぱなしにしていた昨日の日直が悪い、と思われます、が」
これまで流暢だった茉莉ちゃんの語りが急に途切れ途切れになる。どうかしたのだろうか。何だか顔も青くなっているような。
……日直?
「あっ!」
私は今朝ふと抱いた疑問の正体を知る。そうだ、昨日の日直は茉莉ちゃんだった。なのに、やけに早く帰っていることを疑問に思ったのだった。日直は最後まで残って戸締りを確認しなければならないから。
「…………」
盛り上がっていた場は急に静かになった。居た堪れない空気だ。
そんな中、茉莉ちゃんは突然、深々と頭を下げて、謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい。お騒がせしました。この通りです。お許しください」
「……そう言えば、私も昨日の放課後、注意しなきゃって思ったのよ。窓の戸締り確認してなかったでしょ、って。今朝のこれで飛んじゃってたけど」
担任はやれやれと首を横に振り、言葉を続ける。
「とりあえず、後で藤森さんに謝りましょうか、一緒にね。私も鍵を閉めて原因を作った一人だし」
「はい……」
茉莉ちゃんはとても恥ずかしそうに顔を赤くしていた。何と言っても自分が原因の一人だったのだから。
私のクラスには名探偵がいる。
けれど、彼女はちょっぴりドジっ子だったりもする。
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