金を持て余した富豪
男はどうしようもないくらいに金に困っていた。
今すぐに大金を用意出来なければ、もはや生きてはいられないような状態だった。
しかし、彼は小心者である為、身近な人間を片っ端から巡って金を借りたり、罪もない他人から強奪するようなことは出来なかった。
そんな時にふと思いついたのが、町で有名な富豪の存在だった。金を持て余しているという噂を聞いたことがある。
元はと言えば、資本家が貧民から金を搾取しているのが悪い。ならば、同じく資本家である富豪から金を奪うのは決して悪いことではない。
男はそう考えて、富豪の邸宅へと強盗に入ることに決めた。
ある日の夜、ろくな計画もないまま下見のつもりで近くまでやってきた。包丁だけは懐に入れている。
鉄柵の向こうを見ると、あちらこちらに警備が立っていることが分かる。しかし、不思議と邸宅の裏側には警備が立っていないことに気が付いた。更にそこから真っ直ぐ行ったところにある窓が開いているのも視認できた。
男は天の導きだと受け取り、今ここで忍び入ることにする。
少々不恰好ながら、鉄柵を問題なく乗り越えると、闇にまぎれるようにして窓に駆け寄り、周囲の状態を確認して邸宅の中に侵入した。
もしかして自分にはこういった才能があるのだろうか。
男は気分の高揚を感じる。スパイ映画の主人公のような気分だった。
慎重に邸宅の主の部屋を探していく。人の気配はしなかった。既に夜更けである為、寝静まっているのだろう。
やがて、男はそれらしき部屋を発見する。扉の造りからして違っていた。
中の物音を探るが、何も聞こえない。ゆっくりと扉を開いた。中は暗闇だったが、ここに来るまでに目が慣れている。男がベッドを覗き込むと、富豪は寝ていた。
金庫を開けさせる為には起こさなければならない。縛る為の紐を手にした後、揺り起こした。
「……わ、何者だ、貴様!?」
「大きな声を出すな。でなければ、殺すぞ。俺の言うことを聞け、いいな」
男は包丁を突き付けてそう言えば、富豪が素直に従うと思っていた。
しかし、富豪は思わぬ反応をする。
「ふざけるな! 誰が貴様なんぞに従うものか!」
「何だと!? 殺されたいのかお前!?」
「やれるものならやってみろッ!!」
あまりの剣幕に男はたじろいでしまう。
ここに来るまでに高揚した気分がすっかり静まってしまっていた。
「貴様がやらぬというのなら、私が貴様を殺してくれるわ!」
富豪はベッドの傍に飾られていた刀を手に取ると、それを鞘から抜いた。今にも斬りかかって来そうな様子だった。
すっかり元の小心者に戻った男は包丁を放り出して逃走した。
やはり自分には強盗など向いていないようだ。
あのような胆力あってこその富豪なのだと強く実感させられた。
やがて、取り残された富豪は電気をつけると、電話を掛ける。
「ああ、もしもし。いやぁ、実に良かったよ。とてもスリリングだった。強盗に入られるとはこんな気持ちなのか。君の劇団に依頼しておいて正解だったよ。この三日間のどこかで来ると言うから、ちゃんと警備に侵入できる穴を用意させたし。……え、まだ送り込んでいない? 明日の夜の予定だった? となると、あの男は一体……」
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