仮想学校
少年は今日の登校の為、
彼の所有する学生証を自動で認証し、そのアバターが校内に出現する。
校内には様々な姿をした生徒達がいた。皆、思い思いのアバターを用いている。動物型、獣人型、エルフ型など様々だ。
学業に影響はないとして、それぞれ自由なアバターを用いることが許されていた。
彼のアバターは人間型だが、とびっきりイケメンに設定されていた。
その頭上には『ライアン』という文字が現れている。
それは彼のアバターの名前だが、決して少年の名前はライアンではない。
名前も各々が好き勝手に登録している。
公序良俗に反することさえなければ、名づけは自由だ。
ただし、アバターも名前も入学時に設定したものから変える場合にはちょっとした手続きが必要となる。
そう簡単に変えられては、教員からすればたまったものではない為だ。
少年は近くにいたエルフ型のアバターに声を掛ける。
サラサラとした金髪に耳が長く尖った女性の姿をしていた。
その頭上には『ヒカル』という文字が現れている。
「よ、ヒカル」
「ああ、ライアンか。おはよ」
「相変わらず麗しい姿をしてるな」
「ありがと。良くもまあ、相手の実物も分からないのにそういうこと言うよねぇ」
「俺はアバター作りのセンスを褒めてるんだ。実物は関係ないさ」
「自分もやたらカッコよくしてるもんね」
「もっと褒めてくれ」
「あはっ、むかつくからもう言わない」
彼らは軽快なやり取りをしながら自分達の教室に入ると、それぞれクラスメイトに話しかけていく。誰もがまったく異なった姿をしているにもかかわらず、そこに隔たりは感じられない。
クラス全体の雰囲気はとても良かった。生徒達は互いの性別すら知らない。
けれど、それがむしろ気楽に話しかけられる理由となっていた。
その後、本日の授業が開始された。
「それでは、各自この問題を解いてみなさい」
分からないところがあれば、いつでも勉強AIによるサポートを受けることが出来た。
周囲には聞こえない音声がそれぞれに適したやり方やコツを教えてくれる。
それは人間が教えるよりも遥かに上手で、解く速度に差こそあれど、問題が解けないという生徒は一人も出さない。生徒達の学力はみるみると伸びていく。
その日の授業が終わると、部活動が始まる。
少年はシューティング部に所属していた。
様々な形で現れる的を銃で撃ち抜いて、その得点を競うスポーツだ。
優れた反射神経と集中力が必要とされており、学生達に人気が高い。
「よっしゃ、新記録!」
「うわ、僕の記録がライアンに抜かれた! くそぉっ! 今から塗り替えてやる!」
「ふふ、やってみな」
少年達は和気藹々と部活を楽しむ。規定の時間になれば、特別な理由なしに生徒が校内に残ることは許されない。それまでは自由に過ごすことが出来た。
もし校内で教員や生徒の不適切な言動があれば、すぐに発覚する。
その結果、旧来の学校で発生していたような問題はあらかた駆逐されていた。
仮想学校は有史上で最も平和な学校だと言えるだろう。
やがて、その日の学校での生活を終えた少年は現実世界へと帰還した。
仮想世界へダイブする為の機器を頭部から外す。
現実の彼はアバターとは似ても似つかない姿をしていた。
痩せ細った手足に青白い肌、髪は伸びっぱなしで髭も生えている。
彼は自室を出て居間に向かった。
そこには彼の両親がいたが、似たような姿をしていた。
既に人々はこのような生活を百年以上も続けている。
学校だけでなく、会社も同じように
家事も大抵が自動化されている。
もはや人々は現実の身体をあまり必要としていなかった。
身長は小さくなる一方で、手足も細くなる一方だ。
その姿はまるで旧来に語られた宇宙人のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます