第27話 襲撃者たち
中型スーパー大光の店内。
今後の対策を練ろうと先島のマンションに行ったのだが留守だった。
実は、先島のコーヒー目当て行ったのだが、自分で炒れるのは味気ないので止めにしたのだ。
(それにしても……)
クーカが不思議そうな顔で小首を傾げている。
(どうしてベランダ側の窓に、スリッパが揃えられていたのかしら……)
猫柄の可愛らしいスリッパだった。先島の奇行には分からない物が有るとクーカは考えた。
もっとも、先島からすれば一向に玄関を覚えないクーカに、スリッパを履かせたかっただけなのだ。
(ああ、普通の人は仕事している時間か……)
普通とは違う生活をしているクーカは曜日の観念がすっかり抜けていた。
そこで、先島が帰宅するタイミングを狙って訪問しようかと、彼の『会社』の近くに来たのだ。
このスーパーには片隅にコーヒーコーナーがあるのだ。クーカはそこを利用していた。
店内は夕飯の支度時間には、まだ間があるのか人影は疎らだ。
「やあ、クーカちゃんだよね?」
見知らぬ男がクーカに声を掛けて来た。自分の席の前に座ると、前から二人後ろからも三人やって来る気配がしていた。
見た事も無い連中だった。全員が何故かニヤニヤしている。相手を小馬鹿にする時の笑い方だ。
(ちっ……)
自分の名前を知っているという事は面倒事が起きるに違いない。先島の勤務先の近所で立ち回りをするのは正直気が引けた。
男四人に取り囲まれてしまったクーカは離脱するタイミングを考えていた。
「お兄さんたちさあ、或る人に頼まれて迎えに来たんだよ……」
ヨレヨレのスーツの中身は派手なシャツ。本人は流行りのつもりのようだが、どう足掻いてもチンピラにしか見えなかった。
「……」
クーカはそれを無視して席を立った。
「まあまあ、お兄さんの話を聞いてよ…… ね?」
先頭に居た男二人がクーカの前に立ちはだかった。そして、腰に差し込んである拳銃をチラ見せしてきた。自分たちは武装してるんだぞ言いたいのは分かった。クーカの事をある程度は知っているらしい。
(……トカレフ ……じゃなくて、レッドスター ……装弾数は八発……)
横目でチラリと見たクーカは瞬時に相手の武器を見破った。
レッドスターとは中国がコピー生産したトカレフ拳銃だ。性能は……まあ、弾は出る。
(撃鉄も起きてないという事は装弾されていない……)
その日は保安室を見張る予定だったので武器は置いて来てしまっている。以前に見張りと思わしき車を目撃していたからだ。
(しまった…… あれは保安室の人じゃなくて私を見張っていたか……)
クーカはこの連中が現れた訳をそう推測していた。
「本当にこの娘が世界一の殺し屋なのかよ……」
後ろの二人がヒソヒソ話をしていた。六人からは緊張感は伝わってこない。つまり、クーカの見た目で舐めて掛かっているのだ。
(この程度の連中なら大丈夫か……)
彼等の戦力を確認するとクーカはしゃがんだ。そして、その態勢のまま全力で飛び出した。まずは囲みを抜け出す必要があるのだ。
一瞬あっけに取られた男たちは直ぐに気が付き追いかけて来た。
「まてっ! こらっ!」
何事か喚き散らしながら走っているようだ。
(待てと言われて待つ者がいるのだろうか……)
クーカは気にせずにスーパーの中を走り抜けた。
そして青果コーナーへ通りかかるとバナナを掴んだ。そのままバナナを床に撒いたのだ。もちろん追っ手を撹乱する為だ。
「あっ? えっ?」
先頭の男はバナナの皮に足を取られて派手に転んでしまった。ゴンと痛そうな鈍い音が聞こえて来た。
「え? バナナ…… マジかよ……」
余りにもベタな展開に男は赤面している。
その隙にクーカは小型の玉ねぎをビニール袋に入れて足で踏み潰した。
潰した玉ねぎを入れたビニール袋を両手に持って立ち上がるクーカ。
まず、左側の男目掛けて投げつけた。簡易な薄い袋は直ぐに破け中身は男の顔にかかった。
「うがああああっ!」
ぶつけられた男は両手で目を抑えていた。
玉ネギ絞り汁の主成分は硫化アリルで、催涙ガスの元になるぐらいに刺激が強い。これは目潰し代わりになるのだ。
クーカは次に右側の男に袋ごと殴りつける様に叩きつけた。破れた袋から飛び散った玉ネギ汁が男の目を刺激する。クーカはそのまま身体を回転させ、左腕の肘で左側の男の顎を正確に打ち抜いた。
「うがっ!」
目が効かない所で、いきなり脳を揺さぶられた男はそのまま膝をついて突っ伏した。気絶したのだ。
クーカは身体の回転を止め、逆に回転して右側奥の男の股間を蹴りぬいた。もちろん渾身の力を込めてだ。
「はぅっ!」
男は悲鳴を上げることが出来ない位に悶絶してしまった。
「この野郎!」
そう叫びながら後ろからナイフを構えて襲ってきた者もいる。
クーカは手短な所に有った大根でナイフを受け止めた。直ぐに大根を手を放すと刺さったとナイフと共に床に落ちて行く。
アンバランスな荷重のかかり方に相手の手首が追い付けないのだ。
ナイフを落とした男の喉に手刀をお見舞いした。息が出来ない男はゼヒゼヒ言いながら床を転げまわっている。
「てめえっ!」
もう一人のナイフはキャベツで受け止める。それを手首の反対方向にねじると相手はナイフを手放してしまった。
クーカは傍に有った長めの牛蒡を鞭の代わりに使った。相手が銃を取り出そうとしたので、手の甲を叩いてから顔を右に左にと殴りまくったのだ。
三撃目で牛蒡が折れてしまったので、足もとに落ちていたカボチャでぶん殴った。これは硬いので効いたようだ。殴られた男がよろけている。
最後は長ネギを構えて男たちを牽制していた。男たちはあまりの展開に唖然としてしまった。
「あ? え? えええーーーっ!?」
男たちは狼狽してしまった。相手のあまりの強さにだ。
相手は見た目は普通の愛らしい少女だ。それが、あろうことか野菜で自分たちを撃退するなどとは夢にも思わなかったらしい。
「こらっ! 貴様ら何をしているかあーーー!!」
そこにスーパーの警備員たちが駆け付けてくれた。女の子が男たちに襲われていると通報されたのであろう。
それを見て戦意を喪失した男たちは、倒れた仲間を抱えて逃げていった。
「君っ! 大丈夫かっ!」
年配の警備員が声を駆けて来た。他の警備員は謎の一味の後を追いかけて行く。後で警察に報告する必要があるからだ。
ホッと一息つくと取り敢えずは一般客を巻き込まずに済んだ事を喜んだ。日本では市民を戦闘に巻き込むのは、良くないらしいと気が付いたのだ。
警備員がよそ見をした。
「……」
そして、その隙にクーカは逃げだそうと、警備員の後ろをそろりと歩きだした。
「もうーーーっ! 大丈夫よっ!」
だが、いつの間にか目の前に大柄の女性警察官が居た。きっとか弱い少女が暴漢に襲われたと聞いていたのであろう。
彼女は大声を掛けながら、目の前のクーカを抱きしめた。
「ぱうっ……」
大柄な女性警察官に抱き付かれたクーカは思わず息がつまってしまった。
それを見て彼女は、被害者が恐怖のあまり声を詰まらせていると勘違いしてしまった。
「もう、怖いおじちゃんたちはもういないからねぇ~」
「ちょっ!」
おまけに頭をぐりぐりと撫でられている。クーカの髪の毛がグシャグシャになっていく。
「こんな小っちゃい娘になんて事をするのかしらねぇ~」
「やめっ……」
再び抱き付かれたので抗議しようとしたが声が出せないでいる。女性の豊満すぎる胸に顔がうずもれてしまっているのだ。
「さあ、向こうでお水を頂きましょうねぇ~」
「んあっ!」
逃れようと手足をジタバタしてるが敵わない。どうやら彼女は力士並みの怪力のようだ。力尽きたクーカを片手で抱えていた。
傍から見ていると大柄な女性に可愛がられている猫のようだった。
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