第19話 隠しカメラ

 雑居ビルの一室。


 ヨハンセンはため息をついた。クーカの居た倉庫には天井に隠しカメラが仕掛けてある。倉庫の防犯カメラとは違う系統なので見つかる事は無いと思われていた。

 防犯カメラに映し出された戦闘の模様は一方的な虐殺だった。


「話にならない……」


 ヨハンセンの隣に居た男はぽつりと漏らした。自分の部下がやり返す暇も無く倒れていったせいだ。男の名前は飯田雄一(いいだゆういち)。とある宗教団体の幹部だ。

 その宗教団体は『現生からの解放を目指して人類の救済をする』という教えなのだが、人類の解放を目指す方法が中々やっかいだ。近い内に人類は滅びの時を迎えるが、教祖を信仰するれば救済されるらしい。何故なのかは常人には理解しかねるシロモノだった。


 そんな団体が何故にクーカに固執するのか、ヨハンセンはそこに興味があったので大人しく捕まっていた。


「だから言ったじゃないですか……」


 その戦闘を眺めていたヨハンセンが隣の飯田に言った。例え身内を人質に取ろうと彼女は言う事を聞かないと説得していたのだ。


「……」


 飯田がショックを受けていたのはそれだけでは無かった。自分の自慢の兵隊が赤子の手を捻るかのように壊滅させられたの

だ。

 長年に渡って自衛隊や警察の腕利きを改宗させた苦労が水の泡だ。


「僕に人質としての価値は無いって……」


 彼らは元軍人や元警察関係者らしいが、クーカとは資質が違いすぎるのだ。彼女は最強になるべく育てられた兵士だ。


「……」


 飯田は自分が建てた計画が台無しになってしまい苦悩していた。

 ヨハンセンに海老沢の情報を与えて、海老沢にクーカの襲撃を知らせたのが無駄になった。彼女が窮地に陥った所を部下たちが助けて、御仏の道に目覚めさせようと考えていたのだった。

 要するに洗脳しようとした居たのだ。


「僕と彼女はそういう関係では無いですからねぇ」


 飯田たちはクーカとヨハンセンが恋人関係なのだろうと誤解していたらしかった。確かにビジネス上のパートナーではあるがそれだけだ。クーカは情報を必要として、ヨハンセンは実行する人物を必要としていた。


「ふぅーーーっ」


 飯田は深くため息を付いた。

 あわよくば腕利きの殺し屋を、手中に収める事が出来るかもしれないと目論んでいた計画は駄目になった。駄目なものは仕方が無い。次の手を考える番だと思い切ったらしい。


「これで彼女は僕では無く、貴方を探しに来ますよ?」


 ヨハンセンは笑いながら脇にいる飯田を見上げた。椅子に縛られているのに余裕があるように見えた。

 彼も元々特殊部隊出身の傭兵だ。拘束された状態からの脱出方法も訓練されている。


「……」


 飯田は顔を真っ赤にしたまま唸っていた。自分がかなり拙い立場になったのを理解したようだ。

 画面には倉庫を出ようと出口に向かっているクーカが映し出されている。

 倉庫を出てこうとしたクーカは、立ち止まって隠しカメラを見据えた。彼女はカメラの存在に気が付いていたのだ。



 再び海老原邸。


「何故、ここに居る…… お前さんが望む物は持って行ったはずだろ?」


 海老沢が狼狽えながらクーカに言った。先島は訳が分からずにたたずんでいた。

 クーカは海老沢の前にトコトコと歩いて来た。


「貴方に連絡をして来たのが誰なのかを知りたいの……」

「名前を名乗らなかったから、男としか分からんよ」

「携帯電話に掛かって来たの?」

「ああ」

「じゃあ、携帯電話を頂戴……」

「いやだと言ったらどうするんだ?」


 いきなり現れて不躾な要求をする小娘に海老沢は憮然としていた。無関係になれたと思っていただけに余計腹立たしくなったのであろう。海老沢のような人種は自分が尊大に振舞えない状況を嫌がるのだ。


「……自分で死体から探すだけよ?」


 何故そんな質問するのかと言いたげに小首を傾げた。一見すると可愛い仕草だ。だが、彼女が探すと言う意味を理解する者には恐怖の仕草だ。


「ああ、分かったよ。 くれてやるから持っていけ!」


 海老沢は携帯電話を投げつけようとしたが、思いとどまって手で差しだして来た。

 何が彼女の戦闘スイッチを入れるのかが分から無いからだ。

 戦闘を直接は見ていないが、彼女が去った後の有り様で理解は出来ているつもりだ。


 携帯電話を受け取ったクーカは台所の勝手口を出ていく。


「ちょっと、待ってくれ。 門田とはどういう関係なんだ?」


 慌てて追いかけて来た先島はクーカに訊ねた。

 先島はクーカと門田の関係を問い質してみた。何故、あの工場に居たのかを気にしていたのだ。


「門田?」


 ところが、クーカは首を捻ってしまった。覚えて無いのだ。何しろ、海老沢邸や生活雑貨用品倉庫で暴れたばかりだ。些末な事に記憶は使わないのであろう。


「工場で暴漢三人に乱暴されようとしてた女の子だ。 君が助けただろ」


 事件のあらましを説明しようかと考えたが止めにした。自分が切り刻んだ相手ぐらい覚えているのではないかと考えたのだ。


「暴漢三人?」


 やはり、首を傾げている。どうやら本気で忘れているらしい。


「誰の事だか分からないわ」


 クーカは首を振りながら答えた。彼女にとっては準備運動にすらならなかった出来事だから当然だろう。


「……」


 クーカはなおも何かを言いかけた先島の目の前に何かを出した。


「そう云えばコレを拾ったわ……」


 クーカが先島の警察手帳を出して来たのだ。もっとも、車に同乗した時に掏り取った物だが拾った事にした。その方が当たり障りが無いからだ。


「え? それは、どうも……」


 先島は素直に警察手帳を受け取り胸のポケットに終い込んだ。何故持っているのかを聞きたかったが、どうせとぼけられてしまうだけだと思ったのだ。

 クーカは先島が警察手帳をしまうのを見届けると、隣家の屋根を目指して一気に跳躍した。


「え?」


 その跳躍力に先島は驚愕してしまった。優に六メートルは飛んでるからだ。


(肉体強化型兵士ってのは、ここまで凄いのか……)


 月の輪郭の中を飛ぶ彼女は漆黒を纏った天使のようだった。


 あっという間に居なくなったクーカを見送ると先島は振り返った。海老沢もクーカの跳躍を見て驚愕していた。口を開けたままで目を見張っている。


「やはり、クーカはここに来たんですね?」


 一緒に見送っていた海老沢に訊ねた。


「え? 何の事だかサッパリ分からんな……」


 海老沢はとぼけ始めた。目の当たりにしたクーカの凄さに感銘したのかもしれない。


「クーカが望んだものって何ですか?」


 先程、海老沢自身が言っていた言葉だ。そして、それが茶筒の中身であろう事は一目瞭然だ。先島はそれを確かめようと質問した。


「何かあったのかね?」


 どうやらクーカが来た事自体無かった事にしようとしている気配だ。


「部下の人数が随分と減っているじゃないですか……」


 先島は粘った。人がいないなとは漠然と思っていたが、クーカが来て暴れているのなら人数が減っているのも頷ける。


「さあ、知らないなあ…… 温泉にでも出かけたんじゃないのか……」


 それでも海老沢は答えない。何故ならクーカとの闘いで出た遺体は、薬を使って処分してある。証拠などどこにも無いからだ。


「署に連行しますよ?」


 先島は警察官の切り札を使ってみた。これを言うと大概の人は大人しく協力してくれるからだ。


「だったら、捜査令状でも何でも持って来いっていうんだ」


 海老沢は声を荒げ始めた。自分の命をかけてまで警察に協力する筋は無いと踏ん切りがついたようだ。


「それに警察官と言えども住居不法侵入は不味いんじゃないのか?」


 しつこい先島に辟易しはじめた海老沢はそう言って脅し返した。

 確かにその通りだ。警察と言えども役所仕事の一つだ。当然、縄張り争いが激しい。特に暴力団を担当している通称『マルボウ』と公安は仲がよろしくは無い。


 マルボウと揉めたくなかったので、裏口から勝手に入って来たのは失敗だったかもしれない。本当は海老沢の書斎を無断で捜索する為だったのだ。先島は目的の為になら手段は択ばないタイプなのだ。


「…… また、来ます……」


 引き上げ時だろうと悟った先島はそう言って去って行った。


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