第125話12月31日覚えている限り俺の半生を書き留めておいてくれるように頼んでいる

母に 覚えている限り俺の半生を書き留めておいてくれるように頼んでいる

俺は 独り身だし 今は 友人関係 諸々が極めて希薄なので

母にもしものことがあったら 俺を知る人間が一人もいなくなってしまう

俺がしたことや話したこと いろんなことが 全部なくなってしまう

そういったものを伝えて渡せるのが 家族なんだろうなあと 思ったりもする

その家族ですらも

言ってしまえば自分から見た父であったり母であったりしか分からない、理解できていないわけでね

厳密に言えば自分が死んでしまえば そこには何も残らない

本当の自分ではなくて残った人の目から見た自分がそこに形作られるだけ

まあそんなことはわかっていてさ

自分が死んだ後のことではなくて 母が亡くなってしまったことを考えると

俺というものが完全に失われる気がしてしまうんだよ

一緒にスポーツ観戦行ってあんなことをしたこんなことをしたっていうのは母しか知らないわけで

いなくなってしまえばその時の話などというものは 現実味が一切なくなってしまう

俺が誰かに話したとしても、ああそうなんだねで終わってしまう

極端な話、俺が嘘をついたってそれが現実になってしまう

それがね

とっても嫌なんだよ

だから母が俺のことを リハビリ代わりに 書き留めてくれることで そこに俺が実在するということになると思っている

認知症防止にもなるので いっぱい文章を書いてもらいたいという思いもある

本人は1日の筋トレの後の執筆なので なかなか筆が進まないと言っている

それでもなんだかんだごちゃごちゃと書いてもらうことで

少なくとも母から見た俺というのがそこに残される

ということは そこに間違いなく母と過ごした、家族と過ごした 記憶が書き留められるということ

俺が死んだ後は別に何がどうなってもいい

俺が生きてる時に 俺を知ってるものがいなくなる

母と俺が何をしてきたか知っているものがいない

ってなってしまうのは

考えるだに、寂しいよね

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る