第103話12月10日疑似死後

病院にいかない日なので

朝から食材の仕込みをし、町内の作業をし、部屋の整備をする

大きな家具をどう配置するか

ベッドをいれて、車イスの移動ができるよう道を作って

俺の服が散乱しているのでそれも片づける

まだ夏物と秋物が混在している

それらを片づけようと分類している時期に、事が起こったんだよな


母のものをいじるのは、途方もなくしんどい

母が二階の部屋への荷物等運搬用に使っていた黒の買い物かごが廊下にあった

母の部屋にもっていき、中身をバラしていると古着屋のふくろが

10月30日、母といった古着屋

そこで買った二枚の服がでてきた

ちょっと派手めだけど観戦にいくにはちょうどいいかな、とか

イベント出演のアンダーになるかも、とか

話しながら買ったもの

母との最後買い物

それが、でてきやがった

ちょっとしたホラーだ

心臓がぎゃんと痛くなる

足が脱力し、胸から背中がしゅんと寒くなる

ぎゃあともうわあとも形にならない声を出してしまう

少し落ち着いてから

絶対に着ような、これ

と繰り返し繰り返して

キレイにたたみ直して、ふくろに返す


いま俺は、疑似死後を体験している

死後の世界といってもあちら側ではなく

母が死んだあとの世界だ

ひとりでこの、古い家に住み

もぞもぞと暮らす

自転車で買い出しにいき、うまいのかどうかも分からない食事を作る

早朝洗濯して夜取り込む

家での話相手は母の愛猫だけ

だもんだから、何かと外をふらふらする

体調を崩しても仕事は休めない

黙々と部屋を荒らすように夏物秋物の服を冬物と入れ替える

用事があって母の部屋に入ると、横隔膜の辺りから上へと冷たいものが突き上げてくる

早く出たい

顔の皮膚がちりちり痛む

母のものを触ると泣きだしそうになる

ちゃんと整理されている資料、自分で作った名前シールを貼った文具

11月の予定を細かに書き込んだカレンダー

色々なところに持っていく予定だった各種資料、文書

買ったものの読めていない本

スポーツ観戦用の服、選手のTシャツ

サイン色紙、ポートレート、選手の写真

全部が俺を穴だらけにする

俺が穴だらけになったと教えてくる


疑似死後


母にもしものことがあったら、こうなる

いまは母が存命なので

それでもどこかで

帰ってきたら

と、自分をつなぐことができる

先の服のように

まだそれを、使うことができるかもという希望がある

それはそれで別の方向でつらいのだけど


とはいえ

こういうことなのかと

母のいない世界を体感してしまう

たぶん、そうなったら俺、長くない

いてもあんまり意味ないしね


そんなことないよと言ってくれる人もいるだろう

そんなことなんだよ

このしんどい気持ちがなくなることはないし

なくなることは母との記憶を遠くに押し込めるということだし

それは違うよ、と何度言われても、

俺がそう思うんだから、それが正解なんだよ

しんどい気持ちを持ち続けなきゃ母がいなくなってしまうんだよ

好きな選手に大声で声援を送った記憶が、吐きそうなほどしんどい

それが、吐きそうなほどしんどくなくなるということは、その思いや記憶が

別物になったということなんだよ

はきそうなほどしんどいからこそ、その思いや記憶が

それだけ大きく大事なリアルだったってことなんだ

何を言われても、しんどくなくなるということはごまかしなんだよ

しんどくなくなったら、そこには二度と母が存在しなくなる

それはいやなんだ

だからね

このままも苦しければ、楽になっても苦しいんだ


疑似死後で

そんな、いつか絶対にやってくる未来を観てしまう

そら、吐くわな

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