第91話12月1日最後の母の味

寝ていると ドアが開いて 母が顔を覗かせた

食べ終えたうどんの器を見て 持っていっていいかと訊く

俺は部屋に入ってくる母を見て 歩けてる と思って喜ぶ

母は笑顔で すっとうどんの器に手を伸ばした

そして 目が覚めた

そんな夢ばかりを見る

泣いた

ギーギーギーギー泣いた

喉が ぎりぎりと ギャリギャリと 痛い

母はもうあんなに風にすっと入ってきて

オレを叱りながら 器を持っていくことはない


母が倒れた日から1ヶ月

11月はなかった

まだ あの日を延々と続けているような気がする

母がいない家

母の愛猫が 2日前から 俺の部屋で寝泊まりするようになった

トイレが 心配だけれども失敗するまでは出入りしてもいいかなと思っている

変わったことといえば 俺の体調

顔がピリピリする

右手が 異様に重い気がする

この先 下方修正だけの日々が待っていて

母はきっともう包丁握ることもない

洗濯物干すこともない

そんなことは 俺がやるからいいんだけれどそういうことじゃなくて

もうね 母が作った料理を 食べることがないんだと思うと 息苦しい

10月31日

台所には煮物があった

鶏肉が入っていて 母のいつもの味だった

11月の一週目で食べきった

最後の鍋は 洗えなかった

そこに溜まった汁が最後の母の味だと思うと洗い流すことができなかった

とはいっても どこかでふんぎらなきゃいけないことで

洗ったときはああもうこれで これまでの生活がが終わったんだなと言う 大きな喪失感に包まれた


急性期病院への毎日の通院は 仕事終わりでバスだった

1時間から 一時間半の訪問で帰ってきていたのだけれども

お弁当持っていって 母と一緒に筋トレをして一緒に夕飯を食べて 欲しいものを買ってあげて 時々一緒に売店に行ってプリンを食べたりして

それをひと月

毎日続けた

実はそこだけを切り取ると 幸福感がなくはなかった

病院と家の 道すがらはどうしても鬱々としてしまうものの

転院してからがつらい

まだ転院して一週間なんだけれど

場所が遠くてすぐに会いに行けない

それに対して母が とてもつらいと訴えることも辛い

この先どうなるのかなと思う

リハビリ頑張って ある程度動けるようになって家に帰ってきて

でも料理はできないよね

買い物も近いスーパーにさえ行けるかどうか

基本俺が買ってくることになるのかな

お世話をするのは全然いいんだ

一緒に遊べないのが 辛いな

部屋も母用に作り直さなきゃいけない

乗り越えた先に何もない

母が最近大好きだったスポーツ観戦の話をしたがらない

あえて話題を逸らしている

目を伏せている

ずっとだったら悲しい

あれだけ一緒に盛り上がった 17年間

毎月のように 本当に楽しく楽しく盛り上がって 遊んできたイベント

これから行けなくなるという寂しさもあるけれど

それ以上に、それらの思い出がなかったことになってしまうのかと思うと

悲しい

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る