第92話12月1日この家全部が この20年 母と一緒に 作ってきた 大きな脳みそ
夜
母と電話をする たくさんの訪問客が来てくれたということで 多少声が明るかったような気がした
実際は そうではなかった
訪問客が多くて 嬉しかったのは 事実
遠いところに住む親戚も来てくれたし 近所の人も顔を出してくれた
何よりも 教え子がきてくれたのが とても嬉しかった
泣いてしまったそうだ
色々とお話をして たくさん笑ったと言う
そういう報告を受けてほっとしていたのだけれども
話が進むと、ふと
楽しめないよねと 漏らす
どんなに楽しませてくれても
その瞬間その瞬間笑っても
自分がそういう体になったという事実は 一切 消えず
この先の不安も 労苦も消えることはない
みんなに合わせてワイワイしている にすぎないといえば過ぎないし
楽しいふりをしているといえば そうだし
楽しませてくれてる人に気を使って 楽しんでいる顔をしているといえばそうだし
だって一番したいことは もうできない
2番目だって無理だろう
下方修正して できる範囲のことだけで楽しむ
つまり 家の中や ほんのちょっとの近所
そこでおしゃべりをしたりテレビを見たり 本を読んだり
そういうことだ
そういったことが一切楽しめなかったから 外に楽しみを求めて人生を満たしてきたのに
一方の俺は どんどん 鬱の症状が酷くなっているのかもしれないね
鬱と言ってしまうと乱暴だけど
本当に 家にいるというのが 辛くなってきている
見るもの見るものすべて母と一緒に 色んな所に行って買ってきたもの
吟味して買ってきたもの
いいねいいねと二人で盛り上がりながら買ってきたもの
家の中にあるものほとんど全部が
母との記憶 思い出を持っている
10月27日に 母がアメリカンドッグを買ってくれた
それについている マスタードとケチャップの 携帯用カプセル が台所に転がっている
捨てたくなくて でも見ると苦しくて苦しくて 吐きそうになる
それがそこに置かれた 日に戻れるなら
そんなことばかりを考えてしまう 他のものもそう キャリーバッグ ハンガー 本靴ペットボトル 野菜 服
この家全部が この20年
母と一緒に 作ってきた 大きな脳みそ で
その中に 閉じ込められているんだろうか
それとも 寄生しているんだろうか
母の 脳に10 mm の閉塞が できて こうなった
その10 mm というのは 俺なのかもしれない
この家が脳であるなら
俺がここにいるということが
家の機能を 麻痺させたのかもしれない
その煽りを食って 親父も弟も 愛猫も
ついには母親まで
ここに いると自分の人生を全うすることが できないのかもしれない
いやその邪魔をしたのが 俺なんだろう
今更
全部今更なので 反省するとかしないとかそういう話じゃねえんだけど
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