ゾンビ殲滅部隊 -ゾンビの倒し方-
じっとりした暑さの中、川のせせらぎが心地よかった。風が吹くと葉と葉が擦れる音が聞こえた。蝉の鳴き声がどこからか聞こえてくる。
こうして夏の音に耳を傾けていると、ハイキングにでも来たような気分になる。
事実僕の目の前を流れている川は、普通なら水遊びにやってきた子ども達で賑わっているそうだ。
橋の上をパトカーが横切っていった。
警察官が県道にバリケードを作っていた。先日僕とゴブリンとドンが訪れた指定管理施設と施設の近隣の集落が立入制限区域に指定されたためだ。
ゾンビを殲滅するのは市民団体の役割なのに、バリケードを作るのは警察の役割なのかとドンに質問したら「警察は一時的にバリケードを張るだけ。本格的なフェンスは地元の消防団が作って管理するんだよ」と僕の想像を超えた答えが帰ってきた。つまり警察は消防団が稼働するまでの繋ぎの役割しか果たさないそうだ。
この国はどうなってるんだと思った。
僕は自分の手を見た。
ドンお手製のボウイナイフを使用して負傷した手。物を握ろうとしても力が入らない。医者からは完治までにもう少し時間がかかると言われた。
僕はガラスに映った自分の顔を見た。手だけではない。顔もそして身体も少なからず怪我をしている。
「そろそろ再開するかー」
ゴブリンの声が聞こえた。
僕らが今いる八女市上陽町は石橋で有名だ。町内には13の石橋がある。その13の内の一つ、寄口眼鏡橋の近くの観光施設に僕らはいる。
ゾンビ殲滅部隊が駐車場の一部を貸し切り、僕は朝からゾンビの倒し方のレクチャーを受けていた。
「よーっし、おさらいいくぞ!」
「はい」
ゴブリンはゾンビに見立てたマネキンを立たせた。
「ゾンビとの戦闘の基本。なんだった?」
「真正面から戦わない」
「だな。基本的にゾンビは両腕で掴みかかってきて、噛み付いてくる」
ゴブリンはマネキンに掴まれたポーズをとった。
「振りほどくことは可能だが、全体重をかけて掴みかかってくるから、一歩間違えると押し倒されて、そのまま噛みつかれる」
ゴブリンはわざわざマネキンと一緒に地面に倒れて、マネキンの口を自分の喉にあててぶるぶる震わせた。噛みつかれた演出をしているようだ。
「だから」
ゴブリンはマネキンと一緒に起き上がった。
「なるべくゾンビの背後から近寄るのが望ましい。平林は『ラスト・オブ・アス』やったか?」
「ゲームですよね? 少しだけやったことあります」
「オッケー。あのゲームでは感染者の背後から近づいて首を絞めて落としてるが、実際のゾンビにその手の技は一切効果がない。なんでかわかるよな?」
「ゾンビは死んでるから」
「そのとおり。死んでるものを窒息死させることはできない。首を締めても殺せないのに、わざわざゾンビに密着しに行くなんて、リスクがでかいよな? だから、背後からゾンビを殺す時は、リーチが長い武器で攻撃するのがおすすめだ。しかも最初の一撃で大きなダメージを与えられた方がいい」
ゴブリンは地面に広げてある武器の中からバールを拾った。
「よく話題に登るバールだけど、これは持ってみると結構重たい。身体を鍛えてないやつが振り回し続けるのは無理がある。たぶんこれでゾンビを殺し続けられるのは『ゾンビランド』のウディ・ハレルソンくらいだな」
ゴブリンは次の武器を手にとった。
「取り回しが利きやすいのはハンマーやレンチだな。持ち運びもしやすいし、重量もあるからゾンビにダメージを与えられる」
ゴブリンはマネキンの後頭部を叩くふりをした。
「こいつらの難点はリーチが短いこと。一発殴ったくらいじゃゾンビは死なない。『ウォーキング・デッド』並にゾンビが軟弱だったら、ハンマー一撃で倒せるだろうが、残念ながら現実のゾンビはしぶとい」
「鋤や斧はどうなんですか?」
「選択肢としてありだな。だけど逆にリーチが長すぎる。それにゾンビの頭に刺さって抜けなくなったときが厄介だ。これでゾンビと戦えるのはドンやライアンだな」
あの二人なら農具を使いこなしてゾンビの頭を耕すくらいわけないだろう。
「ま、やっぱりおすすめはこれだよ」
ゴブリンは金属バットを手にとった。
「武器はぱっと見て使い方を想像できる方が良い。バットは握りやすく出来てるし、そもそも振り回すものだから好きなだけフルスイングできる」
ゴブリンはバットでマネキンの側頭部を殴るふりをした。
「難点は、意外とバットの耐久性がないことだが、まあ、一回の任務で使う分には十分だよ」
「映画みたいにチェーンソーはだめなんですか?」
「血まみれスケバンチェーンソーか? 浅川梨奈かわいいよな」
「いや、ジェイソンのことだったんですけど」
「ジェイソンはチェーンソー使ってないだろ。チェーンソー使ったのは『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスだな。後はゾンビ映画でチェーンソーだと『ドーン・オブ・ザ・デッド』か。ゲームだと定番の武器だけどな。
チェーンソーは実は武器としては優秀じゃないんだよ。人体を切断する用に作られてないんだ。ま、丁寧に使えば切断はできるんだろうが。バレンタイン、あれなんて事件だっけ?」
バレンタインはアウトドア椅子に座って漫画を読んでいた。読んでる漫画は『ラッパーに噛まれたらラッパーになる漫画』だった。
(こいつらはどんだけゾンビが好きなんだ)
バレンタインは顔を上げた。今日は白いTシャツにデニム生地のショートパンツ姿だった。水着のブラが白いシャツ越しに透けて見えていた。水着だとわかっていても、妙にエロく感じる。
「あれ、なんだっけ。チェーンソーで人体ばらばらにしたやつ」
「横浜港バラバラ殺人事件のこと?」
「そうそう、それ」
「あれってチェーンソーじゃなくて電動ノコギリだったでしょ?」
「あ、そっか」
バレンタインは再び漫画に視線を戻した。
爽やかな川のせせらぎが聞こえる場所でなんつー会話をする二人なんだ。
「じゃあ、とにかくチェーンソーはゾンビを切断するには向いてないな。第一重たいし、音が大きい。予備のバッテリーや燃料を携帯しないといけないから面倒くさい。白蝋病にも気をつけないといけない。ぶっちゃけチェーンソー使うくらいならマシンガン使ってゾンビを倒した方がいいな」
「そういえばゾンビ倒すのに飛び道具は使わないんですね」
「使わないね。ゾンビに有効な飛び道具がないんだよ。ロメロゾンビみたいに現実のゾンビは頭を撃っても死なないからな。だってあいつら死んでるわけだから。死んでる奴が頭撃たれて死ぬっておかしいだろ? ほんとにあいつら殺すなら人体をばらばらにしないといけないが、ハンドガンやアサルトライフルじゃ威力不足で、弾を消費するだけだな。対物ライフルやショットガンなら多少効果はあるらしいけど。まず、日本でそれらの銃を手に入れるのは不可能だな。それに素人が銃を使って狙い通りの所に弾を当てるのは難しいんだ。『ハイスクール・オブ・ザ・デッド』みたいにはいかない」
僕はバレンタインを見た。彼女はスリングショットでゾンビと戦っていた。
「飛び道具の中でもスリングショットは、オススメだぞ。ボウガンと違って次弾の装填が速い。法律で規制されてることが少ない。携帯性も良い。一発でゾンビを倒すことは出来ないけど、かなりの戦力になる」
「僕も使ってみようかな」
「練習が必要だぜ? バレンタインはどれくらい練習したんだ?」
「『アウトロー』のクリントイーストウッドくらい」
バレンタインの全然わからない例え。『アウトロー』ってのは映画のことだろうか。後でググっとこう。
「よし、じゃあ次いくぞ。もしゾンビと正面から戦わないといけないとき、注意することは?」
「なによりも噛まれないこと」
「だな。ゾンビに噛まれたらどうなるかわかってるだろ?」
「ゾンビ化するんですよね?」
「その通り。だから、ゾンビに噛まれそうになったら顎を捕まえる」
ゴブリンはマネキンの顎を下から掴んだ。
「掴んでる手の掌でゾンビを後ろに倒すように押し込む。とにかく押し込む。こうすればゾンビが噛み付いてくるのを防ぐことができる。ただし、ゾンビだってただやられにくるわけじゃない。ゾンビは両腕を使って俺らに襲いかかってくる。普通の人間は理性があるから多少躊躇しながら人に殴りかかる。だけど、ゾンビは理性がないから躊躇いなく俺らに全体重をかけて掴みかかってくる。普通はー」
ゴブリンが僕の間合いにいきなり飛び込んできた。
僕は驚いて、一歩退いた。
「だろ?」
ゴブリンはニヤニヤした。
「普通は、自分のパーソナルスペースにいきなり他人が入ってくると人はびっくりするのさ。これが隙になる。で、びっくりしてる間にゾンビに噛まれる奴が多い。
だから、暇があるなら格闘技教わるのがいいぜ。自分の間合いに入った奴はぶん殴れるように日頃から訓練しておくといい」
「どこかの道場かジムに通えばいいんですか?」
「いや、頼めばライアンが教えてくれるよ」
「元自衛官の?」
「そ、元自衛官の」
バレンタインが鼻で笑った。
「新人君に偉そうに言ってるけど、あんただって大して習ってないでしょ」
「うるせぇなー、俺はボランティア活動で忙しいんだよ」
「はいはい」
「俺はお前と違ってか弱い美少女なの」
バレンタインは中指を立てて応戦した。
「そういえばバレンタインってなんでゾンビ殲滅部隊に入ってるんですか?」
「んー?」
「その、女性なのにゾンビとか気持ち悪くないのかなと思って」
バレンタインはサングラスをかけた顔で僕を見つめてきた。
バレンタインが無言なのがなんだか怖かった。
「ゾンビより、人間の方が気持ち悪いでしょ?」
バレンタインは漫画を閉じて立ち上がった。漫画本を椅子の上に置いて、バッグを持って回れ右をした。
「どっか行くのか?」
「そこの売店でアイス買ってくる」
「じゃあ、俺のも」
「自分で買え」
「ちょっとくらい買ってくれてもいいのになー」
ゴブリンは小声で呟いた。
僕はバレンタインの背中を眺めていた。この部隊の人達は、話題が自分の話になると誤魔化すようだ。
ゾンビ殲滅部隊に少しずつ馴染めたと思ったが、まだ距離を感じていた。
(続く)
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