【第35話:真魔王ラウム その1】
世界最古の国『ラドロア』の王都、『古都リ・ラドロア』は、まだ完全には滅んではいなかった。
街にいた多くの騎士や衛兵、それに冒険者たちが、剣を手に取り魔法を駆使して真魔王軍『天』の侵略に抗い、そのほとんどの者が命を落としてしまっていたが、戦う術を持たない者たちは、逆にまだ多くの者が生きながらえていた。
もちろん、突然空からの魔族の襲撃を受け、火も放たれた事もあって、多くの犠牲者は出ている。
だが、まだ多くの市民が生き残っており、家や教会、ギルドなどに立て籠もり、息を潜めて何とか命を取り留めていた。
これは、王都を強襲した真魔王軍『天』が、少数精鋭の魔族のみで攻め入った事が幸いしており、市民数十万人を誇るこの街の全てを掌握するには至っていなかったおかげだ。
それに、魔族は魔物より知性とプライドが高く、人など家畜同然と見下し、気にも留めていなかったお陰でもあった。
「
そして、ここは『古都リ・ラドロア』の王城、謁見の間。
王城は魔族に空から襲われた際に、真っ先に狙われた場所のため、この王都の中でも一番被害の大きかった場所だが、その内部は意外なほど元の荘厳な状態を保っていた。
これは、中にはほとんど抵抗出来るような者が残っていなかったからだ。
その理由は、元々病床に伏せていた国王が、神託に従って隣街に避難しており、その護衛の者たちや従者など、そのほとんどが一時的に国王について移動していたからだった。
その後、その避難している隣街にまで一部の魔族の手が伸びてきたため、近衛騎士団と風雅騎士団が、志願した従者の者たちを連れて囮となる。
国王の容態が悪く、とても逃避行に耐えられる状態で無かったためだが、これがからくも街の被害をおさえる事に繋がった。
咄嗟にこの作戦を決めた近衛騎士団のドリス団長の読みは正しかったと言える。
ただ、ステルヴィオたちが駆けつけなければ、そのドリス団長はこの世からいなくなっていただろうが。
だがここにきて、絶望的なまでの数の魔物が、真魔王『ラウム』の命により、その領域から王都へと行軍を開始してしまった。
しかも、王都の近くに広がる穀倉地帯に魔王門が設置されたため、その襲来はもう時間の問題だった。
そして、その地を埋め尽くす魔物は、勇者がいると聞きだしたヘクシーの街にも向けられていた。
「それじゃぁ、門からこちらに移動するのに半日ほどかしら?」
玉座に座る真魔王ラウムは、妙齢の艶のある美しい女性の姿をしていた。
黒いパーティードレスに身を包み、少し華美ではあるが大小様々な宝石を身に着けたその姿は、きっと貴族の貴婦人といった言葉が一番当てはまるだろう。
ただ、見るものが、その内に秘めた力や魔力を感じる能力がなければの話だが。
「はい。ラウム様。我が真魔王軍『天』所有の魔王門5門全てを設置いたしましたので、今からですとあと5時間もあれば我が魔王軍所属の魔物20万はこちらへの移動を終えるかと思われます」
圧倒的な数に思えるが、これでも真魔王軍の中では最小規模の魔王軍である。
ただ、先にこの王都を殲滅した魔族たち同様に、その大半が空を飛ぶことができる魔物たちであり、脅威度で言えば単純に数だけで測る事は難しい。
「そう。それなら待っている間に、今いる者たちで隠れている鼠どもを始末しておきなさい。この街の住人はもうお前たちじゃ無いという事をしっかりわかるように、冷酷に、残忍に、生きていた事を後悔するような殺し方をするのよ? ……ひゅっひゅっひゅっひゅ、ひゃぁっひゃぁっひゃぁっ……」
真魔王ラウムは狂気の笑いを発しながら、街に隠れている者たちの全員抹殺を命じたのだった。
~
抹殺の命令を受けた真魔王軍『天』の魔族たちは、ただちにその命を実行に移すため、街に散らばっていった。
しかし魔族たちは、街の過度な破壊を禁じられていたために、思いのほか梃子摺ることになる。
それは、『天』に属する魔族たちが基本的に空中での戦いに特化しているため、家屋に浸入しての捜索というのが不得手だったからだ。
「家ごと破壊出来れば楽なのだがな……おい! 裏と表、同時に攻めるぞ!」
魔族の小隊の隊長らしきものが指示を出すと、見下ろす建物の裏手に向かって、半数ほどの魔族が飛んでいく。
「くそっ!? 裏手にまわられたぞ! 何人かまわせぇ!」
王都にいくつかある冒険者ギルドのうち、本部は襲撃時の攻撃対象にされて既に破壊されいたが、他の冒険者ギルドまでは把握できていなかったようで、今までは近隣の住人たちを匿う形で息を潜めて隠れることが出来ていた。
だが、支部と言ってもそれなりに大きな建物である冒険者ギルドは、真魔王ラウムの命令で殲滅行動を開始した魔族たちに、真っ先にその攻撃対象にされてしまった。
「ダメだぁ!? 障壁が強力すぎる!」
確かに真魔王軍『天』に属する魔族たちは、地上や狭い屋内での戦闘が不得手だ。
だが、それでも並の冒険者など相手にならない強さを誇っているのには変わりは無かった。
こちらが放つ矢や魔法は全て障壁で防がれ、
「くそぉ! これでも喰らえぇぇ!!」
それならばと斬り込んでみたところで、結局、剣でも障壁は破れず、至近距離で魔法を喰らい、無駄に命を散らす結果となってしまった。
「怯むなぁ! ここには一般市民も逃げ込んでるんだぞ! 何としても守りきらねぇと!」
高ランクの冒険者が陣頭指揮を執り、なんとか耐えてはいたが、それももう長くは持ちそうになかった。
「くっ……もうここまでなのか……」
徐々に奥へと追い込まれ、もう後がないところまで後退してしまい、諦めの言葉を呟いた時だった。
「そうでもないさ。よく頑張ったな」
障壁を張りながらこちらに歩いてきていた魔族の身体が、とつぜん斜にずれて崩れ落ちた。
「なっ!? 何者だ!?」
さすが魔族といった所か、突然陰から現れ、凄まじい速度で斬り込んできた相手を視認して誰何してきた。
しかし……そこまでだった。
「お前らの天敵の……自称勇者さ」
誰何した魔族も、その数瞬後には、さきほどの魔族と同じ運命を辿る。
そして、建物に攻め込んでいた魔族が次々と斜にずれ、二つに分かれて崩れ落ちていった。
「な、何が起こっているんだ……」
必死で指揮を執っていた冒険者が呟いた時には、既にその者の姿は無く、ただ物言わぬ躯になった無数の魔族の骸が、通路に横たわっているのみだった。
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