【第34話:反撃の時】

 勇者レックスは馬に乗り、仲間と共に草原を抜ける街道を駆けていた。

 焦る気持ちとは裏腹に、新緑の緑がその香りを風に乗せて届けてくれ、これが何もない平凡な日ならばと、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。


「僕の力で守れるものなんてたかが知れているんだろうな……ほんとダメだな。こんな事を考えてしまうなんて……」


 少し後ろを振り返れば、自分を信じて着いてきてくれる仲間の姿があった。


 パーティーの守りの要、盾持ちの戦士ゾット。

 針の穴を通すような命中精度を誇る、弓使いのザーダ。

 上位属性の雷撃を使いこなす、魔法使いのソリア。

 まだ13歳の少女でありながら、凄腕の回復魔法の使い手、リリス。


 みんな僕にとっては勿体ないほどの優秀な仲間だ。


「さぁみんな! 魔導サインで指定された場所はもうすぐだ! 警戒を怠らないでくれ!」


「「「「はい!」」」」


 レックスはその言葉を受け、「信じてくれる仲間がいれば、僕は強くなれる」と、想いを新たにするのだった。


 ~


 レックスたちが国王と合流しようとしていたその頃、シュガレシアの街でもまた、大きな動きが起ころうとしていた。


 ステルヴィオたちは、アグニスト王太子らとも合流をはたすと、一旦、シュガレシアの街に入って体制を整え、真魔王軍『天』を討つため、こちらから打って出る事になったのだ。


 道中で怪我を負った何人かは離脱する事になったが、僅かな休息と食事をとったあと、今は皆シュガレシアの門の外に陣形を組み、出発の時を待っていた。


「アグニスト殿下。今から我々はこの戦いが終わるまで、あなたの指揮下に入ります」


「あぁ、感謝する。父はレックスが迎えにあがるという事だから、滅多なことは起きないだろう。もちろん我々が勝てばの話だけどな」


 近衛騎士団と風雅騎士団は国王の直轄の騎士団なのだが、これからステルヴィオが戦闘を仕掛けるという事で、急遽アグニスト王太子を旗印に王都奪還をアピールする事になり、その指揮下に入る事になっていた。


「ステルヴィオ殿たちが空を受け持ってくれるのなら、今度こそ我々風雅騎士団もお役に立ってみせます!」


 風雅騎士団を預かる若き団長シイラルスが、その決意を口にするが……、


「これは非常に言いにくい事なのだが、これも私の役目だろう。シイラルス、それからドリス……今回、君たちの騎士団には、積極的に戦闘に参加してもらうつもりはない」


 アグニスト王太子によって、その機会はないと否定されてしまう。


「え……な、何故です!?」


「シイラルス」


 思わず立ち上がり、声をあげてしまったシイラルスを、ドリスが窘める。


「は!? し、失礼しました。しかし、せめてその理由をお聞かせ頂けませんか?」


 それでもシイラルスは、せめてその理由だけでもと食い下がる。


 シイラルスのその気持ちは、アグニスト王太子も理解していた。

 王都で襲われてからこの方、自慢の剣の腕を振るう事も出来ず、ただただ逃げてここまで来たと聞いていた。

 だから、今度こそはという想いが強い事も。


 だが、その想いのためだけに許可を出す訳にはいかなかった。

 その必要がないとわかっているのだから。


「……見たのだよ……」


 アグニスト王太子は、ただ一言、そう告げた。


「え? アグニスト殿下、な、何をご覧になられたのですか?」


「ステルヴィオ殿が率いる『叛逆の魔王軍』をだよ」


 そう言われてもシイラルスには理解できなかった。


 シイラルスにしてもかなりの強者だ。

 ステルヴィオたちがかなりのレベルの強さを持っている事ぐらいはわかっていた。

 だが、それなら力を合わせるべきでは無いのか? そう思っていたのだ。


 ただ、アグニスト王太子のある言葉にひっかかりを覚えた。


「ま、魔王軍? 軍、ですか? ケルベロスのような魔物を従えておりますし、彼らはとてつもない実力者なのでしょうが、でも、彼らはたった5人しか……」


「5人ではない」


「は?」


「シイラルスよ。恐らく自分の目で見た方が良い。街を出たあと、作戦ポイントに着いた後を楽しみにしておくがいい。私は……未だに思い出すと、手の震えが止まらぬ、がな」


 そう言って自分の手を見つめるアグニスト王太子の手は、小刻みに震えていた。


 ~


 それから準備が進み、唯一終わっていなかった補給部隊の準備が整ったころ、ステルヴィオはアグニスト王太子の元を訪れていた。


「アグニスト殿下、そろそろ出発しようと思っているんだが、構わないか?」


 突然現れたステルヴィオに、周りの騎士たちが慌てる中、アグニスト王太子は平然とした様子で、


「大丈夫だ。準備もたった今終わった所だ。と言うか……待たせてすまなかったな」


 と、苦笑を浮かべながら答えた。

 現れたタイミングがあまりにも準備の完了と同時だったことから、こちらの状況は全て把握しているのは明らかだった。


「まぁ、馬車の屋根の上でゆっくり昼寝させて貰ったから問題ないさ」


「それは羨ましいな。私もこれが終わったら、隣で昼寝でもさせて貰いたいものだ」


「この戦いが終わった後の方が、アグニスト殿下は忙しいんじゃないのか? やるなら今のうちだぞ? 今からちょっと寝てみるか?」


 今は、そんな軽口を言うような場面ではないのかもしれない。

 しかし、二人に気負うものはなく、何だかおかしくなって笑い合った。


「ふふっ、さすがに今から昼寝するのは、私でも憚られるな」


「はははは。そうか。昼寝したくなったら、いつでも言ってくれ。それじゃぁ、出発するか。作戦通り、途中までは先導宜しく頼むよ」


「あぁ、それぐらいはさせて貰おう」


 こうして一行は、王都を取り戻すため、そして、真魔王軍『天』を撃ち滅ぼすため、シュガレシアの街を出発したのだった。

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