【第12話:オークの魔王 その2】
木々を薙ぎ倒し、そこに現れたのは体高5mに達する漆黒の狼。
その姿は、大きささえ考慮しなければ、比較的街の近くでも目にするキラーウルフなどの狼の魔物とそこまで変わらなかった。
ただ1点、その獰猛な顔が三つもあると言う大きな違いを除けば……。
「おい! ケル! なるべく森を破壊するなって言っただろ!?」
『それはゼロ様に言っただけで、ケルには言ってないよ?』
『……冤罪……』
『ちゃんと言わなかったご主人様がわりぃな!』
しかし、大きくなり、その顔が獰猛な魔物の顔になっても、元々魔法音声によって話していたケルの話し方に変わりはなかった。
「うぐっ!? あぁぁ! わかった! じゃぁ、これからケルも極力破壊すんな!」
『仕方ないなぁ~。ご主人様がそう言うなら、
『……面倒だけど仕方ない……』
『ちぇっ、わかったよ!』
渋々納得するケルに、ステルヴィオは最後にもう一度指示を与える。
「とりあえずケルは、さっき言ったように大きく回り込んで、オーク一匹逃がすなよ!」
『任せてご主人様! このマキシマムケルベロスにかかれば余裕だよ!』
『……アルティメットケルベロス……ゴー……』
『このリーサルケルベロスに任せな!』
3つの頭がそれぞれ別の名前を口にしているが……。
「いつからそんな
今までケルベロスには上位の個体は存在しなかった。
だから、名前はまだない。
そして、ステルヴィオのツッコミを華麗に聞き流し、
『それじゃぁ、行ってくるね~』
『……じゃ……』
『じゃぁ、また後でな~』
そう言った瞬間、地面が爆ぜた。
まるでその巨体を感じさせずに大きく宙を舞い、すぐさまオークの大軍へと向けて駆けていったのだった。
「大丈夫かよ……まぁでも、ここは人はいないだろうし、たまには良いか」
「はははは。良いのですかねぇ……」
アルテミシアは若干頬を引き攣らせつつも、
「それじゃぁ、私も行きますね」
そう言って、勇者の証である聖光覇気を纏う。
『聖光覇気』
それは、勇者のみが使える
神から加護を受けたギフトを授かったものだけが使用できるものだ。
魔王覇気の圧倒的な力には劣るものの、この覇気を纏った勇者を傷つけれるものはごくわずかだ。
しかし、今回はその魔王が相手だ。
「大丈夫だと思うが、魔王と鉢合わせたら無理はするなよ」
「はい。いくら強くなったと言ってもそこまで過信してません。魔王の側近なども強敵ですしね」
「いや……たぶん側近には負けないとは思うんだけどな。まぁいいや。とにかく気を付けろよ」
「はい! それでは、行きます! 『疾駆』!」
アルテミシアはそこで表情を真剣なものへと変えると、自らの持つスキル『疾駆』を使って、一気に加速して走り出した。
その速さは尋常ではなく、風を斬り裂き駆けるその姿は、常人では絶対に捉えられないであろう。
そして、わずかな数瞬の間に、その姿は見えなくなった。
「さて。じゃぁ、ネネネとトトトはオレと一緒にいくぞ」
「「おっけ~にゃ!」」
元気よく声をあげて手をあげ返事する二人の頭を順に撫で、最後に
「ゼロは適当によろしく~」
と言って歩き出す。
「わかりました。とりあえず、森の外へ向かうものは一匹残らず灰へと変えておきますので、安心して目の前の敵に集中してください」
そして、その声が聞こえた時には、既にゼロの姿はそこには無かったのだった。
~
魔界門を挟んだ森の最奥。
ケルが向かったその場所では、まさに蹂躙としか言えないような光景が広がっていた。
そもそもその身体の大きさが違うのだ。
人間と比べれば強い力を持ち、重厚な鎧に身を固めているオークだが、ケルが軽く前足を振るうだけで、吹き飛び、潰され、まさに蹴散らされていく。
「くっ!? 怯むなぁ! あのデカ物を止めろぉ!!」
森に響くその声の主は、魔王の側近のオークキングの一体。
魔王ドリアクから命を受け、すぐさま多数のオークを率いて狼の魔物の元へと駆けつけたのだが……いくら兵をぶつけても全て蹴散らされ、とてもではないがオークの兵が数を頼りにして倒せるような相手では無かった。
「ぐぬぅ!? 兵たちでは全く歯が立たぬ! 我々で仕留めるぞ!」
そう声を掛けたのはまた別のオークキングの1体。
さすがに魔王ドリアクも、この巨大な魔物を見て1体だけでは危険と判断したのか、ここには3体のオークキングを向かわせていた。
「おぉ! ドリアク様にあの三つ首を献上しようぞ!」
「言われるまでもない!」
「おうよ!」
視線を交わして頷きあうと、周りのオークたちを引かせて、揃ってケルの元へと進み出る。
3mを超すオークキングだが、ケルと比べるとまるで子供のようにも見える。
だが、それでも今までのオークの兵とは大きさも強さも比べ物にならない。
それはケルも感じ取っているようで、鋭い視線を向けて待ち構えていた。
『『『くおぉぉぉ~おぅおぅ!』』』
そして、鳴り響……かない咆哮。
いや、魔法音声はそもそも鳴り響かないし、咆哮ですらない。
「犬の分際で、我を愚弄するかぁ!?」
そのある種のケルの挑発に激高しつつも、ケルの強さを感じ取っているのか、その行動は意外にも冷静だった。
オークキングたちの持つ武器は、いずれも身の丈を超す大剣だ。
その大剣を前方に突き出し、ケルを牽制しつつ、3体のオークキングは徐々に四方を包囲するように展開していく。
「逃げれると思うなよ!」
そして、ケルを取り囲むことに成功すると、前方にいたオークキングがそう声をあげ、手に持つ大剣に陽炎のようなものを纏わりつかせていく。
「我が力を思い知れ!」
上位の魔物が纏う武器を強化する闘気のたぐいだろう。
魔王覇気とは比べるべくもないが、それでも高位の魔物であるオークキングが扱う
ケルとの間にあった邪魔な木々を、気を纏った大剣の一振りで、まるで草でも刈り取るように斬り払い、詰め寄っていく。
そして、そのオークキングの動きに合わせるように、他の二体も同様に大剣に闘気を込めて、ケルとの距離を詰めていく。
「死ねぇ!」
オークキングは巨体に見合わぬスピードで踏み込む。
そして、袈裟に振り下ろした大剣がケルの首を斬り裂いたかに見えたその瞬間、オークキングの身体は地面にめり込んでいた。
少し遅れて鳴り響く轟音。
半球状に陥没する地面の中心、ケルの足の下で、オークキングは息絶えていた。
「確かに首を斬り裂いたはず!?」
「ば、馬鹿な……一撃だと……」
そもそもケルやこのオークキングが種族の中での最高位の魔物と言っても、オークとケルベロスでは元々の種族としての、そして魔物としての格が違ったのだ。
いや、違い過ぎたのだ。
こうして、ケルの受け持った場所にいたオークたちは、その指揮をとるオークキングごと蹂躙され、見る間に殲滅されていったのだった。
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