【第11話:オークの魔王 その1】

 勇者レックスたちは、国から『魔界門』が未だに存在し続けている事は知らされていた。


 だが聞かされていたのは、1000年前の魔王襲来の時以来、その門がずっと閉ざされたままであること。

 そして、破壊が不可能なために放置されており、ただの古代遺跡と化しているという話だけだった。


 ところが数週間前。


 ある高ランク冒険者が、森の奥で偶然その魔界門が開きかけているのを見つけ、冒険者ギルドに報告をあげる。

 ギルドはすぐさまその事を国に報告すると、国は調査のためにと勇者レックスたちを派遣してきた。


 だが時を同じくして、魔物の数が急速に減り始めたと報告が入った事から、冒険者ギルドは魔界門が開きかけていた件が、魔物の減少と何か関係があると踏んで、勇者たちに魔界門の調査を依頼する事になった。


 そしてその時、あくまでも可能性の一つとして、最悪の想定を聞かされていた。


 しかし、この異常な数の魔物を見て、行きつく答えは一つしか無い。


「魔界門が完全に開き、門から魔物が溢れて出しているとしたら……魔王軍が現れたのだとしたら……」


 そして、その勇者レックスの呟きは、すでに現実のものとなっていたのだった。


 ~


 ステルヴィオたちは、勇者レックスのパーティーと別れた後、ゼロの案内で森の最深部へとたどり着いていた。


「ゼロ! 出来ればこの森は破壊せずに残しておきたい! 今回は手分けしてやるから、ゼロは適当にサポートを頼む!」


「ん~状況的にそれが妥当そうですね。では、私は適当に間引いていきますので、ステルヴィオたちはいつもの訓練の成果をしっかり見せてください」


 とてつもない数の魔物が『魔界門』から出てくる様を眺めながら、訓練の成果などと口にする二人に、


「こ、この数の魔物を前にして訓練の成果を見せるとか、半年前の私が聴いたら気でも触れたのかと思いそうですね」


 と言って、苦笑するアルテミシア。

 だが、その言葉は今ならば問題ないという裏返しの言葉でもあった。


「ヴィオ~? 今回は王命・・付きにゃ?」


「ん~? この程度なら『王命・・』は無しかな?」


「了解にゃ! それなら、ちょっと本気でやらないとにゃ!」


 ネネネの問いにステルヴィオが首を振ってそうこたえると、トトトはそれなら本気でいかないとと気合いを入れた。


「えっ、無しなのですね。わ、私も油断しないようにしないと……」


 そう呟くアルテミシアに、ゼロが苦言を呈する。


「アルテミシア、そしてネネネとトトトも、ステルヴィオの能力に頼りすぎては駄目ですよ。ちゃんと地力を付けて下さい。でないと、いざという時に足元を掬われますからね?」


「す、すみません……」


「「わかったにゃ!」」


 こうして皆の話が終わると、今度はそれまで黙っていたケルが、うずうずした様子でステルヴィオに尋ねた。


『それでご主人様~? 今回はケルも参戦して良いの? 良いの?』

『……たまには戦いたい……』

『そうだぜ! ひと暴れさせろ~!』


「ん~そうだな。今回は全員参加でいこう。でも、ブレスは無しだぞ?」


 参戦が決まって喜ぶその姿は、とてもオークの軍勢と戦えるような魔物には見えない。

 だが、これでも高位の魔物……いや、最高位の魔物だ。


 ただ、参加が許されて尻尾をぶんぶんと振っているその姿を見て、信じる者がいるかはわからないが……。


「じゃぁ、そろそろ貸したもの・・・・・を返して貰いに行こうか」


 ~


 森の最奥にある朽ちた遺跡の中、1000年もの長きに渡って『魔界門』はひっそりとただそこに存在していた。

 5mを超える巨大な門は、長い年月の間に苔と蔦に覆われていたが、今はまるでその時間を取り戻したかのように、かつての輝きを取り戻し、荘厳な装飾と相まって神々しさすら感じさせた。


 そして、その長い時を経て開け放たれた門からは、隊列を組んだオークが歩み出てきており、いつまでも終わる様子はない。


 すでに1万を超えるオークたちが、魔界門を通りこの森に放たれているが、控えているその数はその比ではなかった。


 しかし、わざとなのか、それともその気がないだけなのか、このオークの大軍『暴壊魔王軍』を束ねるオークの魔王『ドリアク』は、特に命令を下すことなく、その光景を魔界門の近くに構えた陣から眺めていた。


 その体は通常種のトロールを始めとした巨人族を超え、5mに達する巨躯を誇っており、巨大な椅子に腰かけていても尚、遮る物なく遠くまで見渡せているようだった。


 そこへ、側に控えていた側近のオークが話しかける。


「ドリアク様。このままで良いのですか?」


 あまりにもオークの魔王ドリアクが巨大なため、一見すると普通のオークに見えるが、実際にはそのオークの体躯も3mを超えていた。


 そのような巨体を誇るオークが10体。

 正面から戦えば、この側近だけでこの国の騎士団は簡単に壊滅させられるだろう。


 なぜなら、その10体のオーク全てが、本来なら頂点に立つべき存在である『オークキング』と言う最強のオークたちなのだから。


 魔王ドリアクは、そのオークキングの側近に視線を向けると、


「かまわぬ。魔界門の向こうには30万もの我が眷属が控えているのだ。作戦など立てなくとも、ここで解き放つだけで、この国にいる全ての人間どもを滅ぼしてくれよう!」


 そう言って、残忍な笑みを浮かべた。


 普通のオークと言えども、並の冒険者や兵士ならば死を覚悟して戦う相手だ。

 一般人ともなれば、まず勝ち目はない。

 騎士ですら数体同時に相手をすれば、無傷ではいられないだろう。


 そんなオーク30万がこのサグレアの森に解き放たれようとしていた。


「確かにその通りではありますが、ゴブリンの魔王を滅ぼしたという存在が気になります。ここは慎重に事を進めるべきではありませんか?」


 本来、オークにはそこまで高い知能は無いのだが、オークとしては最高位の魔物であるオークキングともなれば、並の人間よりよほど高い知能を有していた。


「うむ。確かにその話は気になるが、そもそも本当の話なのか? 我には人間どもが流したガセのようにしか思えぬぞ?」


 人族連合にしても、魔王の陣営にしても、いまだゴブリンの魔王と、その眷属である小鬼魔王軍10万が、わずか一夜にして忽然と消え去ったという出来事の全容は掴み切れていなかった。


 そもそも普通に考えればあり得ない出来事なのだ。

 魔王ドリアクが疑うのも無理は無かった。


「ん~、確かにあまりにも馬鹿げた噂ではありますし、人族が我らを牽制するために流したものと考える方が自然かもしれません」


 そして側近のオークキングたちにも、まさかそれを成した者たちが、これから自分たちに襲撃をかけようとしているなど、予想できるわけがなかった。


「なら、気にする必要もあるまい。まずは魔界門から全てのオークをここへ出現させたのち、暫くは高みの見物といこうでは……な、なんだアレは……?」


 だが、魔王ドリアクが言い終わる前に、その余裕は崩れ去る事になる。


 距離にすれば1kmは離れているだろうか。

 この魔界門近くに張った陣からも見えるほど巨大な黒い狼が、突然姿を現したのだった。

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