【第13話:オークの魔王 その3】

 ケルの蹂躙が繰り広げられていた頃、暴壊魔王軍の端、魔界門から離れた別の場所でも戦いが始まっていた。


 オークの群れの中を駆け抜けるその少女は、亡国の勇者アルテミシア。


 光り輝く白銀のオーラを身に纏い、縦横無尽に駆け抜け、残るのは斬り裂かれたオークの亡骸の山。

 この場には上位種であるオークジェネラルなど、普通の冒険者や騎士なら死闘を繰り広げるようなレベルの魔物も多くいたのだが、聖光覇気を身に纏い、スピード系のスキルを駆使して疾駆するアルテミシアに翻弄され、わずが数合で斬り倒されていた。


「もう二度と負けるつもりはありません!」


 しかし、決意に満ちたその声に、待ったをかけるものが現れる。


「調子に乗るなぁぁ!!」


 突然アルテミシアの前に躍り出て、大剣を横薙ぎに振り抜いたのはオークキングの一体。

 しかしアルテミシアは、振り払われた大剣を驚異的な反射で飛び上がって難なく躱すと、身を捻って宙を舞う。

 そして、天地逆さになりつつも更に回転を強めると、閉じた体を開く勢いも利用して反撃の一撃を繰り出した。


「ぐぬっ!?」


 その一撃は、致命傷にこそならなかったが、オークキングの胸を鎧ごと斬り裂き、血の華を咲かせる。

 だが、この場に派遣されたオークキングは1体ではなかった。


 アルテミシアが宙を舞うその先にも、巨大なオークが待ち構えていたのだ。

 大きく宙を舞った事が仇になったアルテミシアは、その無防備な姿をもう1体のオークキングにさらしてしまっていた。


「油断したな! 勇者とて所詮は人間! 死ねぇぇぇ!」


 空中にいるアルテミシアに向けて、オークキングのあり余る力を乗せた最上段からの一撃が襲い掛かる。


 しかし、アルテミシアのその表情には焦りの色は無かった。


「もう二度と負けるつもりはありません! そう言いました! 『天地自在』!」


 今まさに大剣がアルテミシアを斬り裂こうとしたその時、『天地自在』のスキルを発動させたアルテミシアが空中で突如軌道を変えて、一瞬で大地に舞い下りた。


 そして、頭上を通り過ぎる大剣に、カウンターで合わせるように剣を振り抜くと、オークキングの顔を深く斬り裂いてみせた。


「ぐがっ!?」


 まさかあの体勢から反撃されるとは予想しておらず、オークキングは大きく仰け反り動きを止めてしまう。


 そしてアルテミシアは、この半年、そんな隙を見過ごしてしまうような甘い鍛え方はしていなかった。


『もっと……強くなりたいです……』


 止まる事のない涙を流しながら、震える声でそう言うアルテミシアに、


『それなら一緒に強くなろうぜ?』


 笑みを浮かべ、そっと手を差し伸べてくれたステルヴィオと共に、今まで経験した実戦が何だったのかと思うような、そんなゼロの指導を受けたのだ。


 そして、辛い特訓の中、会得したいくつかのスキルの中でも、アルテミシアが好んで使うスキルがあった。


「そのまま逝って貰います!」


 オークキングの血しぶきを掻い潜るようにその後ろに回り込むと、


「咲き乱れよ! 『千紫万紅せんしばんこう』!」


 手に持つ細剣で敵を斬り刻むそのスキルの名は『千紫万紅せんしばんこう』。

 魔王ドリアクですら目で追えないほどのスピードだろう。

 一瞬の間に繰り出される100の剣閃を以て、死へといざなうアルテミシア最強スキルの一つだった。


「ぐががぁ……」


 言葉にならない最期の言葉を発してオークキングの巨体がゆっくりと倒れていく。

 その姿は全身が朱に染まり、血の華が咲き乱れたかのようだった。


「馬鹿な!? いかな勇者とて、これ程の力を持つはずが!?」


 その姿を見て恐れ慄くのは、先に攻撃を仕掛けたもう1体のオークキング。

 魔王ドリアクを除けば間違いなく最強である自分たちオークキングが、まさかこれほど何もさせて貰えずに倒されるなど、思いもしなかったのだ。


 そんなオークキングに向けてゆっくりと近づいて行くアルテミシアは、その事を誇るべく語り掛ける。


「私は今でも勇者ではありますが、勇者である前に私はステルヴィオ様に忠誠を誓った眷属・・です。あなたならこの意味がわるはずでは?」


 一瞬何を言っているのかわからない。

 そのような表情を浮かべていたオークキングだったが、その言葉の意味を理解していくと共に、ありえないという感情があふれ出した。


「ば、馬鹿な……眷属だと!? 眷属化は魔王様のみに許された能力だぞ! そ、そんな出鱈目な事を!」


 確かに、オークキングのその言葉は間違いではいなかった。

 本来なら眷属を持てるのは魔王のみのはずなのだ。


 ただ……ステルヴィオの授かったギフト『魔王』が特殊過ぎたのだ。


 そしてそのギフト『魔王』とは、魔王の持つ全ての能力・・・・・を使用する事ができると言う、異端のギフトだった。


「いや、しかし……その話が本当なら、この力もありえるのか……」


 実際に魔王軍の強さの秘密は、眷属化によるところが大きい。

 強き者が眷属になれば、魔王は力を得る事が出来るし、魔王が強くなれば、眷属はその強さの一端を借り受ける事ができる。


 だからこそ魔王たちは魔王軍を組織し、更なる力を得ようとする。


「まだ疑っているようですね。それなら最期にお見せしましょう。我が『叛逆の魔王軍』。その真の力を!」


 そう宣言した瞬間、アルテミシアの身体から可視化されるほどの魔力があふれ出した。


「ば、ばかな……それは、まさか……『王命』……」


 だれがどこを受け持つかの話の時、心配性のステルヴィオは、魔王やその側近と戦うなら『必ず殺す』か『逃げ出せ』と王命を授けていた。

 アルテミシアはその王命によって爆発的に跳ね上がった力をオークキングに見せつけたのだ。


 そして、あがったのは魔力だけではなかった。


「終わりです」


 そう呟くアルテミシアを見ても、オークキングは理解できていなかった。


「な、なに……を……」


 自分の身体が既に無数の剣閃によって斬り裂かれていたことに。


「ふぅ……ステルヴィオ様の『王命』は本当に凄いですね。私には過ぎた力です……」


 アルテミシアがそう呟く頃には、オークキングは既にこと切れていた。

 そして『王命』によって増幅された力が霧散していく。


 ただ、そもそも『王命』の力など借りずとも、アルテミシアはステルヴィオの眷属になった段階で、普通の勇者を大きく凌ぐ力を得ている。

 今ここにいるオークたちにとっては、王命を受けていようがいまいが、それは自分たちにとって、些細な差でしかなかった。


 どちらにしろ、自分たちに死をもたらす存在だという事に変わりはないのだから……。


「さぁそれでは……大人しく逝って貰います」


 オークキングたちの戦いを遠巻きに見守っていたオークたちが、明らかに恐れ戦き、少しでも距離を取ろうと後ずさるが、そこへ聖光覇気を身に纏ったアルテミシアが駆け抜け、斬り裂いていく。


 もうここには、アルテミシアを止める事が出来るものなど残っていなかった。

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