二十三 燈台姫(三)

 真成まなりは驚いて、

「知っているのか?」

「知っているも何も。おれがこの相談屋を始めることになったきっかけだ」

「何があった?」

「もう五年以上前になる。その年の科挙が行われる直前のことだった。おれの留学生仲間が薛定閣せつていかくの屋敷に招かれた。そいつは朝衡ちょうこうと同じで太学に通い、科挙合格を目指してひたすら机に向かう真面目なやつだった。そいつは薛の屋敷で美しい燈台姫とうだいきに出会った。彼女は懐かしい新羅しらぎの歌でそいつを魅了したが、燭台を落として笞打たれた。おれの仲間は彼女を救い出したくて、ひとりでもう一度薛の屋敷に行った。そこで薛から〝燈台姫を助けたいならこの問いに答えろ〟と難題をふっかけられた。そいつは答えられなかった。薛は彼の目の前で燈台姫を毒の矢で射殺した。おれの仲間は慟哭して帰った。このことが尾を引いて、その後彼は勉学に身が入らず、結局科挙にも受からなかった。失意の彼は故郷へ戻ったが、一族の非難に遭い肩身の狭い暮らしを強いられた。やがて病を得て死んだそうだが、本当に病だったのかどうか」

「待て、薛は燈台姫を殺しただと?」

「そうだ、おそらく朝衡が会ったのは二代目だ。いや、三代目、四代目、もしかしたらもっと多くの燈台姫が殺され、同じ数だけ留学生たちが悲劇に遭ったのかもしれない」

「なぜ留学生と限る」

「薛も異国人だからだ。おれが調べたところではどこの国から来たまでは分からなかったが、幼い頃去勢され、薛という宦官の養子になったらしい。彼はとても頭が良かった。もし彼だって科挙を受けていたなら、必ず及第していただろう。だが宦官には科挙を受ける資格はない。その失望が嫉妬となり、憎悪となって留学生に向けられたのだ。死んだ仲間はおれだけに燈台姫のことを打ち明けてくれた。いままでこれはおれの推測に過ぎなかったが、朝衡の話を聞いて確信に変わった。薛は科挙に受かりそうな留学生を潰そうとしている」

 金仁範はまぶたをぎゅっと閉じた。

「おれは仲間を救えなかった。もう誰にも同じ目に遭って欲しくない。だからこの相談屋を始めた。真成、朝衡は必ず助ける。それがおれの使命だから」

「ありがとう、金仁範。だが策はあるのか」

「薛と会うこと自体は難しくないと思う。だが、仲間は薛の出した難題に答えられなかった。実に奇妙な問いだ。やはりその答えが分からなければいけない」

「いったいどんな問いだったんだ?」

 

 次の日の午後、真備まきびの家に玄昉げんぼうと真成がやって来た。

 真成は真備と玄昉に金仁範の話をした。

 最後に薛の難題を聞いた真備と玄昉は、

「ほう」

「なるほど」

と、顎髭をしごいた。

 真成が小首を傾げて、

「兄さま、この答え分かる?」

「はい」

 

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