九 玄昉(一)
遣唐副使、
宇合はもうわたしの顔なんて忘れたのか、船の上にわたしの姿があっても視線を向けることすらなかった。
その宇合にちょっとした事件が起こった。
右大臣さまのご子息、やんごとなき我らが副使さまの
副使さまはたいそうご立腹、次の停泊地で第三船の船員全員に虱を持ち込んだ犯人を文字通り虱潰しで探すよう命じた。
わたしたちは降り立った港近くの砂浜で、二人一組になって互いの髪をかき分け虱を探した。他の船の船員たちはみなにやにやしながらその様子を眺めていた。
わたしは当然主人である
突っ立っているわたしにひとりの留学僧がつるつる頭を撫でながら近づいてきた。歳は宇合よりも少し上か、背はそれほど高くなくてわたしくらいだった。広い肩幅に厚い胸板、四角い顔に太い眉。
実に男らしい、と言いたくなるような容姿のこの留学僧は、分厚い唇の端を上げてにこやかに、
「よろしければ拙僧があなたの髪を梳きましょう」
とわたしを手招きして皆から少し離れた場所へ連れて行き座らせた。
留学僧はわたしのうしろに回り、ごつごつした指でわたしの髪を梳いた。
僧は
「あなたさまは
わたしは答えに詰まった。
玄昉はわたしの髪を左右に分けながら、
「土佐から平城京へ出て来られるときも船旅でございましたかな。遣唐使船の旅とはまた違って、小さな舟と歩きでの旅もさぞかし大変だったことでしょう。それにやはり故郷を離れるというのはつらいもの。
「それは……」
「ははは、どうぞ難しくお考えにならずに。食い物でも持ち物でも、心に浮かんだものを答えてくださればよいのですよ」
「あの、では、それは、
「ほう、富士山」
玄昉の手が止まった。
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