五 真備(四)
わたしは李先生に呼ばれて彼らと一緒に
部屋に入ると真成、
わたしは用意されていた席についたが、箸を持つことすらできなかった。彼らのあいだにはわたしの知らない食事の作法があるのではと思ったのだ。恥をかくのが恐かった。
吉満が、
「おい、どうした。食えよ」
わたしは吉満が見ていると思うとますます身が固くなってしまった。
真成がわたしの顔を覗き込んで、
「
わたしはこの優しいわたしの主人に心配も迷惑もかけたくはなかったが、頼れるのは彼しかいなかったので、小声で、
「分からないんです……」
「分からない? 何が?」
「あの、その、食べ方が……」
ちっ、と吉満が舌打ちした。
「なんだよ、それ。だったらいまのうちによく見て覚えておけよ。おまえそんなんで唐に行ったらどうするんだよ。日本人は箸の持ち方も知らないって一発で舐められるぞ? というか飯の食い方も分からないって、おまえいったい何なの? 噂に聞いた“
「やめろ、
真成が吉満を吉麻呂と呼んで睨みつけた。
真備が、
「真成、吉麻呂にきみの
わたしは耳を疑った。吉麻呂が傔従?
真成が口を開く前に吉麻呂が、
「ああ、はいはい、ではおれから自己紹介します。我は
吉麻呂は箸を置き、両の袖の端を胸の前で合わせると、部屋中に響く堂々とした声で、
「わたしは
「妻は妊娠しているだって!?」
真成も声を大きくして言った。
「うん、最近分かった。おれが唐に発つころには産まれているかいないか」
「おまえ、唐に行くことが分かっているのに子を作ったのか? 無責任じゃないか」
すると吉麻呂は真成の肩にぽん、と手を置き、
「あのな、おれだって妻に言ったんだ。おれは唐に行ったら二十年は帰って来ない、だからおまえは誰か他のやつと再婚しろって。おれもきっと向こうで再婚することになるだろうから、おれのことは忘れろって。そしたら妻は泣いておれにしがみついてさ。再婚なんかしない、あなたの子が欲しいの、だってさ」
真成は吉麻呂の手を払いのけた。
真備が、
「無事に子が産まれるといいですね。きみが唐から帰って来るときには、子はいまのきみと同じくらいの歳になっていますね。男の子ならばきっときみにそっくりでしょうね。妻君は子の成長に慰められることでしょう」
「真備さん、あんたはあっちで結婚しないの?」
吉麻呂がにやにやしながら言った。
「そのつもりはないです」
「ふーん、そうなの? でも唐の女と付き合うつもりはあるんだよな? おれ、知ってるんだぞ、あんたが
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