五 真備(一)
真成は李先生の家に頻繁に来るようになった。彼が現れるのはいつも午後だった。というのも午前中は大学の授業があったからだ。
真成が来た日はわたしも一緒に李先生の部屋で唐語を教わった。李先生の唐語授業が終わると、真成とわたしは復習がてら唐語でお互いのことを話し合った。といってもわたしはほとんど聞き役だったが。
どんなことを聞いたか。
真成が十八歳でわたしより二つ年上であること。真成の氏族、井上氏は河内国の豪族であること。真成が幼いころから海の向こうの大国唐に憧れていて、遣唐留学生になるために河内国から出てきて平城京の大学に入り、宿舎生活をしながら学問に励んだこと。
今回遣唐留学生に選ばれたのは真成のほかにも二人いること。一人は
もう一人は
ある日のこと、いつもは午後現れる真成が朝早くやって来て、
「下道真備は来たか? 今日一緒に李先生から唐語を学ぶことになっているんだが」
「いいえ、今日はまだ誰も
「きない? それ
真成のあとについて下道真備の家に行くと、真備の母親というひとが出てきて迎えてくれた。
女にしては背が高くて意思の強そうなまっすぐとした眉の真備の母は、わたしを見るなりはっとして、
「真成さん、藤原宇合さまから使わされたあなたの傔従って、この方?」
「はい、そうです。真海といいます」
急に紹介されたので、わたしは慌てて頭を下げた。
「あなたより年下とは聞いていたけれど、まあ、なんて言ったらいいのかしら、とっても初々しい感じの方ね。でも宇合さまのお目にとまるくらいですもの、さぞかし優秀でいらっしゃるんでしょうね。真備の傔従も早く決まればよいのですが、なりたいというひとがたくさんいて困っているのです。おまけに真備自身が従者など必要ないと言ってちっとも選ぼうとしないのです。うちもいっそ宇合さまのような偉い方に決めていただきたいものだわ」
案内されて真備の部屋に行くと、はたして下道真備という人物は正面の窓の下の机に向かって書物を読んでいた。
息子の細長い背中に母親が声をかけた。
「真備、真成さんがお見えですよ」
息子は返事もしなければ振り向きもしなかった。
真成がくすっと笑って真備の母親に
「いいですよ。少し待ちます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます