四 真成(四)

「真成さま! あの、わたしは、その、唐人の魂が、宿っている、のです、だから、」

 真成は長いまつげをぱちぱちさせて、

「唐人の魂が宿っている? どういうことだ?」

「あの、それは、唐人塚、というものがありまして、それの、」

「唐人塚? 聞いたことがない。それはどこにある?」

上総国かずさのくにの、わたしの故郷の、海辺の、」

「上総国!? おい、本当か? おまえ東人あずまびとなのか!?」

 真成がなぜそんなに驚くのかわたしには分からなかった。いやもちろん、いまでは分かっているよ。

 その頃、上総国を含む東国は、京のひとたちから見れば遥か遠い未開の地、文化の低い荒くれ者たちが住むところ、という認識だったんだ。要するにみなあまり良くない印象を持っていたはずなのだが、なぜか真成はわくわくした様子で、

「おれ、東人に初めて会ったよ。なあ、詳しく話を聞かせてくれないか?」

 真成に請われるまま、わたしは旅の僧に会ったときのことから平城京の李先生の家に来るまでをひととおり話した。あ、タマナのことはなんだか恥ずかしくて言わなかったな。

 聞き終わると真成は腕組みをして天を仰ぎ、息を胸いっぱいに吸うと、

「はあ……すごいな」

 何がすごいのだろうか?

「おれはずっと不思議だったんだ。なぜこの家の下男のうち、おまえだけが唐語を学んでいるのか」

 わたしはびっくりした。ほかの学生たちとはちがって、真成にはわたしの姿がちゃんと見えていたのだ。

「こういうことだったんだな。富士山か……おれはまだ見たことがない。ふふ、真海。おまえがおれの傔従になってくれてよかった」

 わたしはまたまたびっくりした。

「あ、あの……」

「なんだ?」

「真成さまは唐人の祟りが恐ろしくないのですか?」

 真成はぷっと吹き出した。

「真海、まずおまえはどうなんだ。恐いのか?」

 わたしはぽかんとした。真成に尋ねられて初めて、自分自身が祟りを恐れているかどうか、

「あの、考えたことがなかったです」

 真成はあははと笑い出して、

「なんだよそれ! まあ、なるほどな。そんなだからこそ唐人の墓の土が喰えたんだな。ああ、可笑しい」

 真成はひとしきり笑ってから急に真剣な表情になり、とても低く落ち着いた声で、

「おれは恐くなんてないさ。むしろその唐人を哀れだと思うし、彼の魂を絶対に唐に連れ帰ってやりたい。さあ、真海。ともに行こう、唐へ」

 真成はまたにこっと微笑んで、わたしの肩に手を置いた。

 その意外に大きな手の重さ、温かさ、柔らかさ。

 すべてをいまでもはっきりと思い出すことができるよ。


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