三 上総国府(四)

「おいでおいで、さあ、中にお入り。あら、おまえ、ずいぶんと若そうね。にきびだらけだわ。歳はいくつなの?」

「……じゅ……」

「はっきりお言い!」

「十六です」

「まあ、十六ですって。まだ子どもじゃないの。背だけ伸びたのね」

 女が顔を近づけてきたので、わたしはどこを見ていいか分からず下を向いた。女からは花のような香りが漂ってきた。

「おまえ、震えてるじゃないの。髪も濡れているわね。川にでも落ちたのかい?」

 女は自分の両手に息を吹きかけて、

「あたしも琴を弾いていたら指が冷たくなってしまったわ。おまえ、温めてちょうだい」

 そう言って女がいきなりわたしの両脇に手を突っ込んだものだから、わたしは驚いたのとくすぐったいのとで悲鳴を上げてしまった。

「ひぃ!」

「うふふ、どうしたの? さあ、今度はあたしがおまえの手を温めてあげるわ」

 女はわたしの両手をとって、そっと指先を自分の脇に挟んだ。

 この女、たいそう胸広むなひろだったから……ええと胸広というのは女の胸乳むなぢがこう……え? キョニュウ? 巨大な乳だから巨乳!? ははは! 現代にはそんな面白い言葉があるのか。ああ、おかしい、巨乳とは! 羽栗吉麻呂はぐりのよしまろが聞いたらきっと腹を抱えて笑い転げて、さっそくこの言葉を使い始めただろうよ。

 とにかく、この女は巨乳だったので、脇に挟まれたわたしの手はその柔らかい肉の山に触れた。自分の顔が火が点いたみたいに熱くなったのを感じたよ。いや、顔だけではない、体の芯から、もっと言えばわたしの魂が熱く燃えたんだ。

 女は身をくねらせて、

「ねえ、おまえ、あたしにもっと温めてほしいかい……?」

 わたしは波打つその胴を、ぐっと引き寄せたい衝動にかられた。

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