三 上総国府(二)

 なんなんだ、これは。

 こんな光景を前にも見たことがある。そうだ、それこそ防人になると叫ぶ直前の、里びとたちの輪の中で。

 あの里が嫌で出てきたというのに、外でも同じことが起きるとは!

 結局何も変わらなかったのか。殴られ蹴られるようなどんな悪事を、おれがしたというのだ!

 おや、翼くん、さっきからどうしたんだい?……そうか、きみも学校でつらい目に遭っているのか。思い出させてすまない。もうこの話は止そう……いいのかい? わたしがどうなったのか気になるって? では続けるよ。でも、もう聞きたくないと思ったらすぐにそう言ってくれ。わたしはきみを苦しめるつもりなど、少しも無いのだから。

「起きろ!」

 役人がわたしの頭を蹴った。わたしは泥まみれで地べたに仰向けになった。どんよりとした灰色の空がぐるぐると回っていた。

 ああ、このまま蹴られ続けておれは死ぬのかな。

 死んだっていいや。死ぬのが惜しいほどの人生でもなかった。

 わたしは目を閉じ、唾を飲み込んだ。じゃりじゃりと泥水が喉を通った。

 上総国府の土の味。唐人塚の土の味とは違うなと思った。潮の香りと塩気が無い。唐人塚の土の方がまだ美味かった。

 唐人塚、唐人……。

 わたしはかっと目を見開き叫んだ。

「そうだ、おれは唐人の墓の土を喰ったんだ! そのおれをこんなところで死なせたら、あんたは唐人に恨まれるぞ! おれの体の中の唐人の魂が、あんたを決して許さない!」

 役人の顔が強ばった。

「なんだと!」

「あはは、さあ殺せ殺せ! シャー! シャー! 殺してみろ、唐人に恨まれろ! あんたの子も孫もみんな呪われろ! おれはもう、こんな腐った世の中に生きるくらいなら、寧赴湘流ニンフーシャンリウ葬於江魚之腹中ザンユージャンユウジーフーチョン!(むしろ湘江しょうこうという河に身を投げて、魚の餌になったほうがましだ!)(註一)」

 自分でもわけの分からない言葉が体の奥から暴れ出た。

「な、何を言っている!? ええい、黙れ!」

 役人がわたしの喉を蹴った。

 わたしは気絶した。



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