第32話 朱い理をもつ花

「で、どうするんだこれ」

「読み取るに決まってるでしょ」


 高坂が一も二もなくそう言うから、俺はカメラでそれを読み取って画面が移るのを待つ。


『2B 出し物アンケート』


 そう表示された簡素な画面には『希望するジャンルは?』の後に『飲食系』『物販系』『展示系』のボタンが用意されていた。試しに『飲食系』をタップするとさらに細かい振り分けが表示される。俺はその中で『チョコバナナ』を選択した。

 するとさらに画面が遷移し、三つのジャンルの円グラフが現れる。『飲食系』はチョコバナナに一票が入って黄色に染まっており、『展示系』のお化け屋敷にも一票が入って紫色に染まっていた。


「動作は問題なさそう」


 そう満足げな声を漏らしたのは高坂だ。俺は検索エンジンのタブを閉じ改めて高坂を見る。


「これ高坂が作ったってことだよな」

「そうに決まってんじゃん。横にいたでしょ」


 得意げに頬を緩めながらまた作業に戻る姿に、俺は意外だなと思っていた。今高坂が披露したプログラミングは、きっと専門職からすればそれこそ片手間で作れるものに違いない。しかしいかにもギャルの格好をした高坂が理系じゃないとできなさそうなプログラミングを使いこなす様はギャップが酷い。


「意外だと思った?」


 そんな俺の思考を汲んで高坂は視線を投げる。


「パパがね、こっち系のエンジニアなんだ。クリスマスプレゼントにPCの組み立てキット贈る親なんてそーそーいないじゃん。そんな家庭だから自然と覚えたわけ」


 喜色も嫌味もなく、高坂の放った言葉はフラットだった。そこには俺と俺の親の関係や、桐ヶ谷の家ともまた違った親子像が現れているように思う。

「明新を選んだのだって、普通科しかない割に設備整ってるからだしね」と高坂は続ける。男ばっかりの工業高校も論外とも。


「それじゃ、その見た目は」

「これは私の趣味。てーか……主義?」


 高坂は着飾られた爪で器用にキーボードを叩く。


「可愛いは正義でしょ。カッコいいのも正義。強いのも正義だし、ひたむきに頑張るのも正義。自分を曲げないのも正義。ダサいのとか気持ち悪いのは悪。自分がないのも、人に迷惑ばっかかけるのも悪」


 その考え方は極端だと思った。だけど同時に高坂の意思の固さも感じる。それが今の高坂を作り上げているのだとしたら、よく知らない俺が頭ごなしに何か言うのは何か違う気がした。

 高坂は高坂なりの価値観で周りを見ている。だとすればここ最近の行動にもなんとなくつじつまが合う。


「それじゃあ、今の俺は高坂からしたらどっちなんだ?」


 打鍵音がピタリと止まり、高坂が俺を一瞥した。


「……概ね正義じゃん? 格好がダサいのは、どうにかした方がいーけど」

「これでいいんだよ。俺は」

「どーだか」


 ぞんざいな口調で高坂は俺をおちょくる。それは確信を秘めたような、そんな不穏さをどこか匂わせていた。俺は思わず眉をひそめる。


「なんだよ」

「ゴールデンウィークはあんなにキメてたくせに」

「はっ?」

「つっても、私の家と池袋の二回しか見てないけどね。二人も引っ掛けるなんてやるじゃん」


 このこの、と高坂は俺の脇腹を突いてきた。俺はそれを捻って躱しながら『私の家』というフレーズの意味を考える。予想が正しければあんな繁華街から離れた場所に店があった理由も分かる。店主の名前は幹宏、その苗字は。


「『ベルエポック』の店主って、お前の家だったのか」

「おじいちゃんからお兄ちゃんが受け継いでね。一階が喫茶店で二階がお家」


 店舗兼住宅というやつなんだろう。祖父が喫茶店で父がエンジニア、兄が喫茶店で妹がエンジニアとは随分変わった家族構成だ。


「兄妹なのに似てないな」

「よく言われるー」


 だろうな、と笑って話を濁そうとした。

 しかし逃してはくれなかった。


「でさ、どっちと付き合ってるわけ?」


 追求は鋭い。俺は肩をすくめて否定する。


「どっちとも付き合ってない。紺野に振られたことはお前も知ってるだろ。今は恋愛しようとか考えられないよ」

「ふーん。でも拒絶もしないんだ」


 それは手痛い部分だった。好意に応えられないなら最初から近くべきじゃない、というのは確かに正論だ。仲を深める前に距離を取れば傷は浅く済む、紺野に振られて思い知ったことでもある。


「俺の都合で好意を突き返すのは、もらって感謝しかできないのより相手に失礼だと思う」


 それに林との関係はそんな恋愛と結びつくものでもないと思っていた。林の創作活動を俺が手助けする、そんな関係のはずだ。高坂に詮索されるようなものじゃない。


「そ」


 PCをシャットダウンした高坂は不意に立ち上がると、俺の座っているイスの背もたれを両手で掴み座面に片足を乗せた。ぐっと高坂が顔を寄せる。組み伏せられたかのようなお互いの姿勢で、上に乗った高坂の目はまるで肉食獣のそれだった。


「なら、私が田崎を狙ってもいーよね」

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