第25話 カップルはカップルに絡む
一階に戻って、海洋エリアとは逆方向に折れる。屋外になっているそこでは晴天をバックに空中の水槽を泳ぐペンギンたちの姿があった。アシカショーの開演時間を告げるアナウンスが響く。
「どうする? やっぱり見ていくか?」
それとなく聞くと桐ヶ谷は首を横に振った。
「やめておくわ。他に見たいものもできてしまったし」
電車内でいくつかピックアップした店に興味が移ったらしい。俺も頷いてエリアをぐるっと一周した。中でも出口の手前に設けられた、大きくせりだすように架けられた水槽の上をペンギンたちが滑空していく様は圧巻の一言に尽きる。
「ペンギンが空を飛んでるみたいね」
「なんかそんな感じの映画があったな」
隣でクスリと桐ヶ谷が笑う。
「その水族館はこことは別よ」
「そうなのか」
「ええ」
すいーっと気持ち良さげに泳ぐペンギンを見上げながらそんな言葉を交わす。
「ちょっとそこのおにーさんいいっすかー?」
そんな軽そうな声に首を回せば、こちらに手を上げて近づいてくる男の姿があった。傍らには同年代らしい女性。まあ、順当に見てカップルだ。
「どうかしました?」
「写真撮ってくれません?」
「ああ、いいですよ」
とっさにバイト中の対応をすれば、渡されたのはゴツめなカメラだった。今時スマホで自撮りもあるだろうに珍しいと言えば珍しい。男は俺と桐ヶ谷が見ていた水槽を背景に彼女の腰に腕を回す。女性の方もまんざらでもなさそうに微笑んだ。
「これバックにちょいあおり気味でお願いしゃす!」
「ああ、そういうことか」
男の指定したようにカメラを向けて理解する。自撮りならあおりでも撮れるが、背景のペンギンたちまで含めて撮るなら誰かに頼んだ方が良い。俺は一枚撮って確認を取り、それから縦横何枚か追加でシャッターを切る。その度カップルがポーズを変えるのが面白かった。
「あざっした! 代わりに俺も撮るっすよ」
「え? あ、あー……お願いします」
横を伺う間もなく、桐ヶ谷が男にスマホを渡していた。しっかりとカメラモードなあたり準備が良すぎるんじゃないかと思う。
「いいっすね! 目線こっちプリーズ! カノジョさん笑顔が素敵!」
「ちょっと、いつもみたいにやってると引かれるよ」
「おう、シット! 引かないで!」
そんなコントじみたカップルのやり取りに思わず笑う。その隙を逃さずパシャパシャ撮られていた。
「いやぁ、我ながら良い出来っすね」
「ありがとうございます」
なにか大事を成し遂げたみたいに大げさに汗を拭う仕草をした男から、桐ヶ谷はスマホを受け取って頬を緩める。どんな風になったんだろうかと覗こうとしたら画面を隠された。
「おい」
「見せないわよ」
それはないんじゃないかと抗弁するも取りつく島もなかった。事前に電源オフにされてたことが悔やまれる。視線を感じて振り返れば、男がニヤニヤしていた。
「美人なカノジョさんで羨ましいっすね」
「うっさい。行くよ!」
「写真あざっしたー!」
絡めた腕で女性にグイグイ引っ張られながらカップルの姿が出口の向こうに消える。
「嵐みたいだったわね」
「嵐だったな。彼氏が」
桐ヶ谷と俺の見解は一致した。
そのまま出口に進もうとした桐ヶ谷の足を俺は止める。ちょうどいい口実があった。
「なあ、出る前にトイレ寄ってってもいいか?」
「そうね。私も行っておこうかしら」
「じゃあ」
言葉短く俺は手を離し男子トイレに入る。そして洗面台で髪を整え直し、石鹸でしっかりと手を洗ってすぐに出た。側から見たら不振極まりないに違いない。しかし見回した周囲には桐ヶ谷の姿はなく、俺は即席の作戦が成功したことに安堵した。
「さて、さっさとするか」
「なによ、その荷物」
トイレ脇で待っていた俺にかけられたのはそんな訝しげな視線だった。
「いや、冬木にお土産を買っていくの忘れてたなと思ってさ」
「お土産で喜ぶ人には見えなかったわよ……?」
「日頃の感謝だよ」
そんな軽口を言って追求をいなす。空いてる手を桐ヶ谷が掴み、意外とばかりに目を大きく開いた。
「ちゃんと御手洗いには行ったのね」
「そう言っただろ」
トイレ作戦の肝は手を洗うことにあり。俺はやや大きめのロゴプリントがされた袋を反対の手にさげる。
「あかりもお土産買うつもりだったか?」
「いいわ。思ったよりゆっくりしてしまったから」
「ああ、そうだな」
桐ヶ谷のスマホに表示された時刻は午後四時を回っていた。プラネタリウムまであと二時間ちょっとしかない。
俺たちは束の間楽しんだ水族館を後にした。
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