第24話 ひとりとひとり、合わせてふたり

「大人二名で」

「ちょうどお預かりします。こちらをどうぞ」


 チケットカウンターで分け合って、入り口で半券を切る。そこそこ混雑していたがそんなことはすぐに頭から追いやられた。


「すごいな……!」


 ビルの中とはまるで思えない、大量の水と水生生物に囲われた空間は神秘的な暗さに包まれている。間接的な明かりが、ガラスの向こうで優雅に泳ぐ魚を映し対照的に人の姿を黒く塗りつぶす。周囲の声もホワイトノイズのように遠のく中で手を繋いだ桐ヶ谷の存在を強く感じた。


「あの魚綺麗じゃない?」

「どれだ?」

「ほら……あの右のほうを泳いでいる」

「ああ。なんて名前なんだろうな」


 そんな他愛もない会話が交わされる。水槽脇に設置されたプレートまで見に行けばきっとその詳細は分かるだろう。だけど大抵そこには人だかりができていて、その密集地に足を運ぶくらいだったらこうしてやや離れた場所から眺めているだけ、というのも悪くなかった。

 巨大水槽を回り込むように順路を進むとクラゲのエリアに出る。湾曲したガラスによって、まるで海中にいるかのようにゆらゆらと揺らめくクラゲが上下左右を浮遊していた。


「可愛い」

「クラゲが?」


 ミズクラゲを見てわらび餅を連想していた俺は、そう聞き返した。


「脱力している感じが可愛いわ」

「だつりょく」

「それに触ったら柔らかそうじゃない」


 桐ヶ谷はどこか羨ましそうに水中を漂うクラゲを見上げる。


「好きなのか、クラゲ」

「嫌いではないわ」


 なんだろうな。桐ヶ谷の今の発言には何か食い違うものを感じた。とりあえず横にある顔を見つめてみると、ふてくされたように桐ヶ谷は背ける。


「……だって、可愛い物は私に合わないもの」


 俺は『(クラゲ=可愛い、可愛い≠桐ヶ谷) → クラゲ≠桐ヶ谷』の三段論法的な図式を組み立て納得した。確かに桐ヶ谷はいかにも女の子って感じがする可愛さよりは、いくらか大人びたキレイ系の方が似合いそうではある。

 ただ、


「クラゲが好きなあかりは十分可愛いと思うけどな」

「なっ……」


 物は考えようだ。たとえ桐ヶ谷の中でそんな図式であっても、俺からすれば『(桐ヶ谷→クラゲ)=可愛い、桐ヶ谷=クラゲ=可愛い』である。桐ヶ谷=クラゲはちょっとあれだが。


「春人くんはすぐそう言う……!」


 繋いでいない方の手でべし、とはたかれた。全然痛くない。


「そうやってすぐ私をからかうのは良くないと思うわ」

「ごめんって」


 不機嫌なのか、上機嫌なのか判然としない桐ヶ谷をなだめながら階段を上って二階の展示エリアに出る。さっきまでが海洋エリアだとすればこちらは浅瀬や川のエリアらしい。熱帯魚がいるアマゾンだったり、あるいはオーストラリアのグレートバリアリーフを再現した環境だったりが全体を通して広がっている。


「熱帯魚もいいわね。でも飼うのは大変なのよね」

「飼ったことあるんだ」

「お父さんの一時的な趣味でね」

「へえ」


 あの過保護そうな人がなぁ、と俺は思った。そのうち手に負えなくなって妻に叱られてる所まで想像できる。完全に尻に敷かれていた。親繋がりで俺も両親の出来事を思い出す。あれは確か小学校の頃だ。


「うちの親も熱帯魚は何度か仕事にしてたな……」

「そうなの?」

「なんでも乱獲が酷かったらしくてな。ブラジルのマフィアを二つほど潰して事を収めたとか言ってた」

「……そ、そう」

「ま、例によって冗談かなんかだろ」


 春休みに一緒に連れていかれて、厳重そうなホテルで厳つい黒服の外国人と日がなアニメを見たり賭けポーカーなんかをしたり、といった思い出しかない。

 というか、海外なんて仕事のついでに運ばれたものばかりだ。そんで両親は仕事でホテルをずっと空け、俺は現地で雇ったガイド(オブラート)と遊ぶという。ろくに旅行と名付けられるものではなかった。

 今頃その両親はバカンス中だろう。羨ましい。


「春人くんの話を聞いていると、世界って広いのねって考えさせられるわ」

「知らなくていいことだと思うぞ」

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