第8話 文化祭実行委員会と

 始業式の翌週水曜日、俺は放課後図書館へと向かわずに講堂へ足を踏み入れた。三百人程度が座れる階段式の講堂は既に半数近い生徒達で埋まっている。

 今日は新学期が始まって最初の文化祭実行委員会の定例会。下っ端Bの俺はサボった後が怖いという消極的な理由でここまでやって来た。正直二年でもやることの大半は雑用なんだろうから、参加する意味はないに等しいと思う。

 なので入り口の時点でやる気はゼロだ。

 そんなことを脳内で垂れ流しながらも出席簿にチェックを記し、入り口に貼られた案内図に従って段差を降りていく。配布資料は先に入った人が持っているらしい。


「あぁ、あそこか……」


 いかに校則が緩いとはいえ林の様な地毛でない限りド派手な髪色の生徒は少数派である。半分は地毛のまま、それ以外だってせいぜいが暗めの茶髪やダーク調に抑えている。その分女子はシュシュや髪ゴムで変化をつけたり、男はワックス等でスタイルを変えたりしているのだが。

 俺はクラスの該当席に座る、かなり明るい茶髪のツインテールを見て食傷に近い感慨を抱いた。

 名前を高坂朱理花こうさか しゅりか。横の席に座る派手でイケてる、去年の俺がよくつるんでいたようなギャル全開の格好をしている女子だ。

 我が強そうな目元はアイラインとまつエクで強調され、唇は薄くグロスがかって艶を放っている。襟元を大胆にも第三ボタンまで外し、リボンはその下から押し上げる豊かな双丘に乗っかるだけの役目しか果たしていない。

 ラインか、インスタか、何らかのSNSを通じて友人とやり取りをしているらしく、綺麗に着飾られた爪先が高速フリックをかましていた。高坂は俺と同じ文化祭実行委員の、確かクラス代表だったはずだ。

 クラス内で実行委員に割り振られた人数は四。高坂と俺以外にも二人いる計算になるが姿はなく、割り当てられた席数も丁度四つ。

 俺はやむなく高坂の隣に座った。

 接近に高坂のフリック入力が止まる。ちらりと横を伺うと前髪越しに肉食動物じみた眼光と鉢合わせた。


「うわ」


 開幕早々手痛い攻撃である。しかし地味に削れたメンタルはまだ健在。定例会の開始までまだ時間はある。俺は俺で自習でもしていようと参考書を取り出すも、隣からブスブスと突き刺さる視線に開いた本を閉じた。


「……何だよ」

「あんたが田崎春人ってマジ?」

「そうだよ」


 だからなんだというのか。意味の分からない質問に素っ気なく返すと高坂の視線はより厳しいものになった。まるで親の仇でも見るような目だ。


「ダッサ。なにその髪、なにその服。マジありえない」


 そこに含まれていたのは侮蔑と軽蔑。加えてうがった見方をすれば、翻って自分はどうだと、そんな自己肯定も含まれているように感じられた。


「いいだろ、別に」

「千尋にフラれてトップから転落とかウケる」

「……」


 部外者からすればそう見えてもおかしくはない。ただ、この発言で俺は高坂を去年の勢力図と結びつけることができた。今の今まで忘れていた、の方が正しい。

 それはともかく。

 俺の所属していた通称紺野グループは一年生の中で不動のトップに君臨していた。それは恐らく二年生に上がった今でも健在で、三年生の状況次第では既に学校でトップのグループかもしれない。

 そんな紺野グループを筆頭に築かれた一年生カーストの中で二番手、あるいは三番手に位置していたのが高坂らのギャルグループだった。集まるメンバーの都合上紺野と仲が良く、勢力を拡大しても紺野に目をつけられることのない、悪く言えばコバンザメポジションで二位に付けたグループである。

 コバンザメならば自然、親ザメの動向を把握していてもおかしくない。

 二位に甘えながら虎視眈々と逆転を狙っているともなれば、一位の勢力減衰、もしくは脱落した者を見て笑うのは……いや、さすがに言い過ぎか。

 とりあえず高坂は俺が振られたという実情を知っていて、それと現状の俺との関連を独自に結び付けているらしかった。訂正するのも面倒くさい。

 俺は投げやりに否定した。


「そんなんであってるよ、大正解」

「うっわ、マジでキモいんだけど」


 そんな草も生えない不毛なやり取りを交わすうちに下っ端Aと下っ端Cの男二人がやって来て、いつのまにか定例会の開始時刻になっていた。明らかに文化祭の出会い目的の樋口が俺を挟んで高坂にアプローチをかまし、人数合わせらしい竹下は端の席でつまらなさそうに船を漕ぐ。

 俺は早くも委員会が嫌になりつつあった。

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