第50話 享年6歳~木下俊道の落慶法要


 「おい、そっち、そっと下ろせよ。崩れっかんな」


 道応寺跡に6、7人の消防団員が駆け付け、がれきの撤去を手伝ってくれていた。木下が一人息子の俊大の名前を大声で叫びながら、がれきをよけていたからだろう。行方不明者の捜索に回っていた隊が聞きつけ、集まってくれたのだった。


 「住職さん、この子は?」。団員の一人が木下に尋ねる。昨夜の津波で地元の消防団員のうち何人かが犠牲になり、その他のメンバーも被災して身動きが取れないということで、内陸部の団員が駆り出されていた。ために、木下がまだ住職ではないことを知らないようだったが、そんなことよりも男手が増えたのはありがたかった。


 「息子です」。汗だくで、両腕を血だらけにした木下が短く答えると、団員たちの腕に力がこもった。大量に覆い被さっていたがれきをどけ、重い墓石を脇に転がしていく。次第に俊大の体が露わになってきた。泥の中でうつぶせになり、ぴくりとも動かない。


 顔が見えたところで引きずり出し、肩を揺する。「俊大、俊大!」。だらりと垂れた腕が全てを物語っていたが、木下は絶叫にも似た声で名を呼び続けた。そうすることで我が子が戻ってくるかのように、繰り返し名を連呼すると、一息ついて、ささやくように話し掛けた。


 「俊大ぉ、今日は土曜日だぞ。トッキュウジャーの日だべ。なに寝てんのや。今はちょっとな、テレビないんだげっと、誰か録画してっかもしゃねど。俊大ぉ…、なじょすたのやぁ…、ほれ、起きれでばぁ…。目ぇ開げでけろ…」


 木下の声が次第に小さくなっていくのと対照的に、真智子の嗚咽が激しくなっていった。消防団員は皆、親子に背を向け、帽子を目深に被って目を覆った。


 小さなころから大のいたずらっ子だった。


 まだ乳飲み子だったころから、食卓に上がった焼き肉用のサンチュを少しずつちぎっては「はい、はい」と木下に手渡してくるのが好きだった。やに下がった木下が口にすると、自らも口に入れるが、まだ乳歯が数本しかないため飲み込めず、ところかまわず吐き出した。


 3歳くらいになって走り回れるようになると、禁じているのに本堂に入り込んでは木魚を叩いて困らせた。「もんもん、もんもん」。何かをつぶやく声は木下の読経を真似たものだと後に分かり、苦笑したことを覚えている。


 4歳のころにはご多分に漏れず、戦隊ヒーローにドはまりし、墓地を走り回っては変身ポーズを決めた。墓参り客とよく衝突するので、たしなめはするのだが、聞きはしなかった。ごっこ遊びに飽きると、決まって池に向かい、木下の酒の肴であるイカクンをたこ糸に吊してはザリガニ釣りに興じた。「父ちゃん、ザリガニって臭えー」。釣れたら釣れたで素っ頓狂な声を上げながら見せに来て、法要などで説教中の木下を困らせた。


 もう、あの笑顔を見られない。 まだ、たったの5歳だったのに。


(続)


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