第51話 トッキュウジャーと裂きイカ~木下俊道の落慶法要
俊大が遺体で見つかった翌日、木下の父親と母親も相前後して発見された。もちろん、息をしていなかった。
災害が起きて行方不明者が出ると、テレビではよく「72時間の壁」などと語られる。飲まず食わずで、寒空の下で生きていられる限度とされ、捜索が急がれる。ただ、あくまで理論上の話で、後に最大8メートル以上と分かった津波が陸地を洗った場合、それは「希望的観測」と同義だった。
我が子が犠牲になったことで木下が冷静だったとはとても言えないにしても、大人でもある両親は避難しているだろうと楽観していた。それだけに気持ちの落ち込みは激しく、行方不明は死とイコールだと吐き捨てた。
父と母、長男を失い、寺が流失したことで生業も失った。妻の真智子の実家、S市内陸にある貞観寺に身を寄せ、しばし茫然自失の日々を送った。
貞観寺の濡れ縁に日がな一日、座り込み、春まだきの陽光を浴びて無為に過ごす。実家に戻ったことで、真智子は家業や家事の手伝いに忙しく駆け回っていたが、木下は何もする気が湧き起こらなかった。夜になると、寺の敷地内に停めたムーブの中に籠り、ご進物の清酒をあおった。
あては、いつものように裂きイカ。俊大がザリガニ釣りのためにくすねるため、震災前は減りが早かったのに、今はなかなかなくならない。寒気を覚えてエンジンを掛けると、カーステレオから流れる音楽は、俊大が乗った時にいつもかけていたトッキュウジャー。自らの生活に我が子が思った以上に浸透していたことをあらためて思い知らされ、その子がもういないことが、なおのこと辛くなった。
「くじけそうな時でも 想像すれば不可能なんてない きっとできるはず!」
子供向け番組だけに、やけに前向きな歌詞が今は癇に障る。消そうとした瞬間、助手席に義父が滑り込んできた。「乗り込め 俺たちのエクスプレス~♪」。鼻歌交じりに歌を続ける。「俊大、好ぎだったもんなあ、この歌。俺のクラウンさも積んでっと」と語り、裂きイカに手を伸ばす。
ひとしきり俊大の思い出話をした後、義父は諭すように水を向けてきた。
「その俊大ば、いづまで手元さ置いどぐ気や? あんだも坊主だ。俊大が49日の修行に出るごど分がってっぺ。きちっと送ってやんねどなんねべ。俺にとっても孫だし、あんだの父親なんてわ、小坊主の頃からもう半世紀以上の付き合いだど。辛えのは分がるが、俊大、今のあんだ見で喜ぶがや」。いつになく真剣な表情が、胸に刺さった。
翌日、木下はN市に戻り、斎場に出向いた。津波で炉が塩水に漬かったと聞いたが、突貫で復旧させたという。近在の僧侶として場長とは顔見知りだ。木下は、自分の両親と息子が犠牲になったこと、今は妻の実家に安置しているが、地元であの世に送ってやりたいこと、その際は自分が読経したい旨を告げた。場長は何も言わず、木下の肩をたたいた。
「トンネル抜けたら 明日に向けてノンストップ! 列車戦隊 発車オーライ! トッキュウジャー」
いつになく、カーステレオの音楽が身に染みる。「俊大ぉ…。父ちゃん、トンネル抜げれっぺが?」。こらえきれなくなり、ムーブを路肩に寄せて肩を震わせた。
(続)
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