第29話 幕間~江藤美智子の遍路道


ああ、わざわざお出でいただいて、すいませんでしたね。江藤と申します。東北(新聞)さんの、おっ、次長さんですか。


よく私がここに勤めてることが分かりましたね。前職とまるで畑違いでしょ。スーパーマーケットチェーンですよ。え?蛇の道は蛇?さっすが、ブン屋さんは違うわ。後輩たちが口を滑らしたんだなあ、さては。


んでも、ブン屋さんと話すのは楽だし、ざっくばらんに言えるから楽しいですよ。警察時代に勝手知ったる感じっていうかなあ。全国チェーンの大手だからね、事業会社制の東北カンパニーとはいえ、相談役なんて肩書きなもんだからスーツ組は堅苦しいことこの上なくて。東北弁も出ない垢抜けた連中だし。


だけどさ、私で良かったんですか?兄貴夫婦じゃなくて?え、あの木製プレートのことじゃないんですか。前進、てやつ。まあ、あれから、もう2年になりますしね。福田さん?福田建設の?はあ、社長さんから聞いてきたんですか。いやいや、おしょすい(恥ずかしい)なやあ。確かに、震災直後は取り乱してましてね。うん、言いました。「現実はいつだって冷徹」ってやつですね。


40年も警察官やってたらさ、そりゃあ色んな現場踏みましたよ。交通事故だって火事だって、時には事件も。現場はだいたい凄惨なもんですよ。時には小説か、ってこともありましたしね。


忘れられないことがあるんです。もう20年くらい前ですがね。朝方に火事があったんです。その日は当直長でしてね。発生があってすぐ、署員を向かわせました。消火して、消防さんと見分やって。80代のご夫婦の家だったんですけど、寝室で二人が折り重なるようにして炭化してました。


でも、おかしいでしょ?普段、別々のベッドで寝てるっていうのに、ばあさんの方がじいさんの上に乗ってたんですよ。近所を聞き込みしたら、じいさん、脚が悪くて普段から寝たきりでした。ばあさん、火事に気付いて起きたけど、じいさん担いで逃げる体力はないと考えて、一緒に死のうって決意したんでしょうね。


すげえ二人だって思いましたよ。でも、それだけでした。その後に火付けだって分かって、しかも被疑者が15歳だったもんですから、そっちに掛かりきりで。なんせ被害者2人の放火殺人事件ですから。帳場はしっちゃかめっちゃかで、逮捕後は人権派弁護士だとかも押し掛けてきて、ご夫婦のことはすっかり頭から抜け落ちてました。


事件送致して検察が立件したら、俺らの仕事は一丁上がりです。近頃じゃ犯罪被害者に寄り添うようになりましたが、あのころはそんなもんないです。それが、犯罪じゃないにしても、身内が被害者、まあ被災者か、この場合。そうなったら、我を忘れちまいました。何のことはない、冷徹さに慣れ過ぎちまって、本質を見失ってたんです。


この前、警察学校で講演させられたんです。震災時の被災地の署長だってんでね。県警に求められるまま、しゃべりましたよ。「指揮官が冷静さを欠いたらいかん」って。でも、福田さんの話を聞いたんでしょう、そんなのウソです。あれで冷静でいられたら、ロボットですよ。


 .......。ああ、すまねな。


本当は沿岸さ向がった22人全員、引き返させるべきだった。津波、6メートルだど?んだげっど、次々入ってくる情報さ混乱すて、抜げっちまってだ。そすたら6人と連絡取れねえど。中には孝則もいるんだど。何もかも吹ぎ飛んださあ。30年以上、見できた甥だがんな。俺には男の子できねがったから、息子みでな気ぃすてだんだ。そいづば、俺が殺すたようなもんだべ。俺が戻れって言ってだら、戻んだおん。警察じゃ上の命令は絶対だがんな。分がってだはずなんだ。んでも、俺はあん時と同じで、被疑者ばっかし、津波ばっかし考えでだ。被害者さ忘れった。ひとっつも冷静なんかでばねがったんだ。何が警視だ、署長だ。身内1人も守れねで。


なのに、俺はウソばついだんだ。目ばキラキラさせで、県民のためさ頑張んだって肩肘張ってる若者さ。


ウソだらけの講演終わったらや、1人残って、質問さすに来たやづがいだんだ。そいづも、じいちゃんとばあちゃん、津波でやらったんだど。その後、遺体ば運んでけだ警察官に感激したんだどや。そんだがら、自分もお巡りさんになりでんだってやあ…。


そいづの顔、真っすぐ見らんねがった。んだって俺、混乱して甥っこば殺したんだど?んだげど、「現場では常に冷静な判断が求められます」って、はあ。俺はそんないいもんでね。震災の苦難ば乗り切った署長だなんて持ち上げられっけど、右往左往してや、結局何もすねで、6人も見殺すにしたバガでねが!孝則だげでね。乳飲み子抱えでだやづら3人もいだのに、母ちゃんの介護すてだやづもいだのに、4月になったら結婚するやづもいだのに、みんな俺が死なせですまった!


あんだ、不思議な人だなやあ。警察の中さいっとや、肩肘張ってねえどなんねくて、つれがったんだ。んだがら誰さも話すたごどねがった。なんもかんも吐ぎ出したら、スッとすた。


 ブン屋さんよ、墓場まで持ってぐ気だったげんと、書いでけろ。何もでぎねがったバガ署長がいだってや。記事さ載れば、まだあった時、後輩だづの反面教師にはなっぺ。オレはもうは、若いやづが死ぬの、耐えらんね。県警はイヤな顔すんべけど、頼むわ。でっかぐ載せでけろ。


(江藤美智子・完)


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