第10話 幕間~日下洋子のウエディングドレス
あ、はい、こんにちはー。こちらこそ、よろしくお願いします。東北新聞の次長さん、なんですかー。何だか、すごい。私、記者さんの名刺なんて初めていただいたもので。うまくしゃべれるかしら。
すいません、こんな山の上までおいでいただいて。住宅のほかは何もないでしょう?お医者さんもふもとまで降りないとないから、子どもが熱出したらどうしようって考えて、夫婦でお酒を飲むなんてこともできなくって。
ああ、すいません。話が脱線しちゃいましたねー。どうも緊張しちゃって。お忙しいからお時間ないですもんね。失礼しました。
それで、なぜウエディングドレスを飾ったか、ですよね。うーん、これだって理由はないですけど、ちゃんとした場所に仕舞いたいという思いは元々あったんです。その思いを福田さん―福田建設の社長さんなんですが、酌み取ってもらったと言いますか。初めて社長さんのところにお邪魔した時、もう設計図に折り込まれていたんですよ。
そりゃもう、びっくりですよね。アパレルのことは多少、勉強しましたけど、建築のことはさっぱりなもので。壁をアクリルガラスにして三角形のショーケースを作るなんて、考えもしませんでしたよ。
ウエディングドレスは、やっぱり飾った方が映えますよねえ。見せるために存在するドレスだから。本当に素敵に仕上げてもらったと思っているんです。それに、両親にも見えるだろうから。ほら、あそこの仏壇に遺影があるでしょう。玄関から入った私たちも、両親も、どちらからもよく見えるようにできているんですよー。
え?明るいですか?私。たぶん緊張しているから、おしゃべりになっちゃって、そう思われるのかもしれません。取材されるのは初めてというのもありますしね。そもそも、この取材のお話を受けるって決めるまで、両親のことは考えないできたんです。やっぱり、それだけ衝撃的で。脇に置いてきたっていいますか。
それが、お話をいただいてから、この家を建ててからでも1年たってて、ああ、もう、あれから7年にもなるんだって思って。芳乃香、ああ長女なんですけど、今年、小学生になったんです。それだけの時間がたったし、そろそろ、おじいちゃんとおばあちゃんがいない理由もきちんと話さないといけないって考えて。
それから、2人についていろいろ思い出して、考えて。2人のことを記者さんに買いてもらうことで、生きた証しって言いますかねえ、それを残したいって思ったんです。今もう、何もないですから。全部、津波に流されたじゃないですか。あるのは私の家にあったウエディングドレスと、私の結婚式の時に撮った写真、まあ遺影になっちゃいましたけど、それだけですもん。
振り返れば、いつだって必死に生きてきたはずなんですけど。震災後は特に必死で、子育てに追われて、家事もあって、そっちを頑張ることで考えないようにしていたんだと思います。犠牲になったなんて信じられないって思いが消せないんですよね。火葬場にも行ったのに、芳乃香が母の生まれ変わりだって信じ込んだくせに、いつかひょっこり帰ってくるんじゃないかって思ってしまうんです。
でも、区切りを付けることにしました。そういう自分の心に。私が認めないと、子どもたちにきちんと話せませんもんね。東日本大震災っていう地震と津波があって、たくさんの人が亡くなって、おじいちゃんとおばあちゃんもそうだったんだって。2人とも一生懸命生きて、私を生んで、育ててくれて、でも最後は悲しいことになっちゃったって。災害はいつ来るか分からないんだから、何があるかなんて誰にも分からないんだから、備えることはもちろん大事だけど、とにかく一生懸命生きなさいって教えようと思うんです。
私も必死に生きますよ。2人の分まで?いやあ、自分の分で精いっぱいですよ。あははは。一生懸命子育てして、夫を支えて、家庭を守って。子どもが大きくなって少し余裕ができたら、また洋服の仕事に携わりたいという気持ちもちょっとあります。それこそ死ぬまで働きますよー。住宅ローンもありますからねー、母は強し、です。
そしてね、いつか自分も死んじゃうんでしょうけど、そうしたら2人に、あれから何十年か分の話をしてあげようと思うんです。
つらいお別れだったけれど、私、負けないで頑張ったよって。全力で生き抜いたよって。本当は孫の顔を見せたかったし、抱っこさせてあげたかったし、一緒に旅行したかったけど、ごめんねって。その分、私が笑顔にさせたし、いっぱい抱きしめたし、楽しい所にいっぱい連れて行ったからって。
見ててくれた?って。
また、会えますよねえ、記者さん。お父ちゃんと、お母ちゃんに。
(日下洋子・完)
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